3月, つぶやく:サバイバル

野良猫のぷぅちゃん。
人間には5メートル以上は近づかなかったのに、
最近はリラックスモードで日当たりの良い草の上で居眠りしてる。
うちのオス猫を散々蹴散らしてきたぷぅちゃんですが、
今では歳を召して丸腰になりました。

「オリンピックはどうなるんだろう」とか「経済は回っていくのか」とか「子どもたちの学校はどうなっていくの?」とか、それが家族間でもご近所さんの間でも、時の挨拶のようになってきた。日々増えていく世界中の感染者数に驚きながら、この速さで蔓延すれば明日は我が身。
ネットで流れてくる情報にはばらつきが多いので、
「誰も確定できない、わからない」というのがトータルした答えなんだなと理解。

状況を見ながら適宜対応していく、これはサバイバルだな。
こうなったら受け身ではなくて攻めの姿勢へとシフトだわ。

なんなら無人島でのサバイバルでなくてよかった。
同じ人間が集う地球上でよかった。
誰の、どんな思いも計算も悪巧みも「そういうことね」と、理解できるのはやっぱり、私たちは兄弟だからなんだなと。
誰の心の中にもある恐怖や不安や生き残りをかけるゲーム思考は、
間違いなく恐れが土台になっている。
サバイバルだとしたら、今、私たちがいるところは陸の孤島でもなく、無人島でもないというだけで安心できたりする。

生活必需品の心配もしつつ、この「わからない」という恐れと、圧力に押しつぶされないために、
「サバイバルだね」
と、いう言葉を使ってみる。

「うちにはお米もあるし、燃料に使う木もそこそこあるでしょ。武漢のような状況になったら、一体どのくらいもつんだろうね?」
焚き火もやったことない私の、
自慢の想像力(妄想力)の出番です。
これからは受け身でなくて、攻めの姿勢で行こう。

ちょうど春のお彼岸。
うちらの祖先は雪山を越えて、飢餓と戦い、ここまでやってきた。
祖先からの知恵がDNAの組まれていることは疑いようがない。
ウイルスとDNAの関係性は定かでなくても、
先人たちの応援も聞こえてきそうな春の彼岸、といった感じです。

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