7月, つぶやく, 留め帳:おさまらない暑さ/滝開き神事の祓い/銀色の満月/

おさまらない暑さはいつまで続くのでしょうか。
西日本の豪雨は大きな爪痕を残し、この暑さの中で避難生活をしている方たちの心労はどれほどなのか。願うは心身ともに疲弊している被災者の方々にできうる限りの暑さ対策、環境を整えて欲しいと思う。国民の血税はそういう時にこそ使ってもらいたいと思う。

今回の禊ぎで改めて感じたこと。
神道の素晴らしさは自分だけの願いを聞いて下さいとお願いしているのではないということだと思う。
言霊に宿る真意を深く見つめてみると、八百万の神さまは自分の願いなんてちっぽけな世界にとどまっていないのだ。
個人の願いに「えっ、そんなんでええの?」と神さまが言ったか言わずかはわからないけれど、私にはそう聞こえる。
今年の滝は準備から当日の支度まで「させていただく」ことを通した。
そして今年からは個人の禊ぎではなく、世界の淀みを祓う禊ぎへと変えていくことを誓った。

準備も当日の支度も、前年手伝ってくれたメンバーはどういう訳か連絡を絶ち、語らずに去っていった。
訳は聞かない。全て受け入れよう。
それにしても滝の掃除から当日の支度まで、させていただく細々とした事は思った以上に大変だった。
どんな場面でも私は汗だくだった。
お化粧も眉も全て落ちて、メガネは曇った。
女性はいくつになってもキレイにしていたいのだ。
年を重ねれば重ねるほどそうしたいんだが。
乾杯の音頭を頼まれたけど眉が・・眉がないのだ(笑)
テカテカになった顔で丁重にお断りした。
それに私はシンガーソングライターだ!そんな姿で人前に出ることは二重のストレスになることは経験済み。
仕方がないで片付けたりしない。
だって自分を痛めつけるのはやめると決めたのだから。

参加者の若い女性と話をしていたら、若い男性がカメラを持って記念に一枚といってきたが、私にカメラを渡すと若者同士でハイチーズ。
そういうことに、もう傷つかない年齢だと思われたに違いない。
いや、私も感傷に浸っているわけではない。
さっさと席を外す。
私は自分をこの世界で一番大切にすると決めたのだから。
その場に、何もなかったように座ってニコニコしていることが大人の対応だと勘違いしている人がいるけれど、そうじゃない。
その場から離れることも勇気が必要なのだ。
座っている勇気でなく、勇気を使うのなら離れることに使うこと。
人は「どうあらなければならないか」ではなく「どうありたいか」で人間性が出るのだ。今回はそういうことも学んだ。
自分を大切にすること、神さまはそれを望んでいる。

今年、私は潤滑油的な役割りをさせていただくことにした。
それぞれの役員の役割の間の小さな穴ぼこを、私が担うことで、
役員にはそれぞれの重要な役割に集中してもらえると考えたから。
二日間の日程を終えて、小諸椿会主催「滝開き神事」は盛会、
笑顔の締めくくりに、私はイチバン満足しているのだ。

そしてお手伝いしてくれる人ももこれから募集、私は経験してきたことをどんどん伝えていく。
去る者追わずとも、来るもの拒まずいたら、あとは神さまのお導きがあるだけ。

椿大神社の山本宮司、すごいな。
最後の直会の席で汗が噴き出す私にそっと扇子を差し出して下さり、もう恥ずかしいやら嬉しいやら。
扇子に描かれた紫の夜に銀の月の満ち欠け。
三日月の直会に、銀色の満月を眺める。
汗だくになりながら、役員の涼しげな顔を見て、眉がなくとも、写真の一件も全て過去になっていく。
まるで月齢の移り変わりのように。

 

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