逆説

ところどころ赤い葉になり始めたユーカリ。
ナツメの実も赤く色づいてきたから、鳥たちもやってくる。
早い者勝ちでやってきた鳥たちが縄張り争いを始める。
早朝から騒がしくなるに違いない。

「残り物には福がある」とか「負けるが勝ち」は逆説のことわざ。
”早い者勝ち”の正論に対して、実は残っているものに隠された福があったということはよくある話。
どんな人でも勝ち続けることは出来ないとわかれば、勝ち負けの定義も実は曖昧なもの。負けたことが結果的に幸せや豊かさを受け取るチャンスになるというのもよく聞く話。
この世界は正論だけでなくて、逆説だって成り立つ。

世界を逆説で見ていくとオモシロイ。

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新しいループ

10月に入ったので部屋で流す音楽もガラリと変えてみた。
光の感じも随分違ってきて、
新しいループに突入したような清々しさ。

ポットの中も温かい飲みものに変わって、
暑い時には寄り付きもしなかったネコたちがやたらじゃれつく。
テーブルの片付けは後でいい。
ブログも後でいい。
それから、買い物も後でいい・・・
そして冷蔵庫が空っぽになった。
この気持ちのいい空っぽの冷蔵庫に何を入れようかと考える。

そういえば、私の心の中にもスペースがあることに気づく。
心の中に溜め込んできたものがいつの間にか消えてなくなっている。
心の中のそれはとても重くて硬くて調理するのに手間も時間もかかるもの。
取り掛かろうとしていたけれど億劫だったもの。
それを扱う為には宇宙の法則や自分を知ることは必須だった。
私はのび太くんだ。
泣いてばかりで、いつもハイヤーセルフのドラえもんを頼りにして生きている。
それを扱った経験のある先人たちの知恵は、ドラえもんの四次元ポケットから出てくる道具でピンチをチャンスと学びに変換してくれる。

のび太くんの不完全さは私の心の重くて硬くて手間のかかるソレと同じ。
不完全さはもともと私のオリジナリティだった。
完全なものでありたいために、不完全さを見ないようにしているうちに雪だるま式に重くて硬いものが巣食ってしまった。
どうしようもなくなって、否定もできず肯定もできず、ただ置いておくしかできずにいたら、完全と不完全の間に引いていた線がだんだんと薄くなって消えてしまった。
重くて硬くて手間がかかると思い込んでいた不完全さが私独自のユニークな個性として光り始める新しいループ。

不完全であることは、あなたを通して初めて完全になる。

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がっつり系弾き語り

昨日のライブ、なんとなんと雨予報にも関わらず晴れ間が広がる爽やかな1日となりました。応援していただいた晴れオンナ、晴れオトコの皆さまありがとうございました!

森のコンサートではアクシデントもありましたが、結果的に結束力が強くなったと申しますか、乗り越えられないことはないのだという自信と信頼につながる出来事へと、みんなの思いは原子転換されて無事に終了。
昨日は新月だったんですね、
先週は新しい風が吹き込まれる出来事が重なって、カタチになる前の渦の中で溺れそうになりながらも「私らしい選択」ができたのではないかなと思う。

挑戦し続けてきたエレピでの弾き語りもイタに付いてきて、
自分でも納得できるアレンジにどんどん近づいていっている。
ライブの後、演奏について記憶が新しいうちにケンと次の挑戦について話をするのだけれど、ケンは私のキーボードアレンジに、ちょっとびっくりしてた。
そりゃそうでしょ。
あれほどピアノの弾き語りにこだわっていた私が小さなキーボードでがっつり歌っているんだから(笑)
不本意ながらケンには「がっつり系弾き語り」というジャンルに入れられてしまったけれど、自分でも自覚がある以上は仕方がない。

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ありがとうございました。

森の百年コンサートにお越し下さった皆さま、森の再生を願い7年の歳月を森と共に歩んでこられた皆さま、ありがとうございました。
思いもよらぬお誘いで森の中ので歌うことができました。
訪れる人たちのことを考慮して作られた3本の道。
森の循環の一部になる簡易トイレ。
子ども太鼓の演奏をイメージして頑丈に、そして広いスペースのステージ。
高く美しく張られた雨よけシートはとび職の技、よれたところは一箇所もない。
どれもこれも、森を知り尽くした人たちの技と知恵。
新しい出会いにも恵まれて、人生にひと色を足すような経験でした。
心より感謝いたします。
本当にありがとうございました。

坂口ユキ子

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晴れオンナの皆さま、お願いです。

雨オンナは私だ。
あー、今回も雨が降るのか・・・
申し訳ない気分がふつふつと湧く。
晴れオンナの皆さま、お願いでございます。
明日はどうか力をお貸しくださいませ。

午後、マントラ録音にヴォイスで参加。
場所は静かな別荘地にある大きな建物。
10月間近となれば夏休みの賑やかさとは打って変わって静かなんてもんじゃない、無音。

できることなら私も数日お借りして曲作りに勤しみたいと申したら、どうぞと言われて夢ふくらむわ。

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着物だって、作務衣だって、自分流

今年は稲の生育が少しばかり遅れているらしい。
ケンの仕事の都合もあって、
今日くらい青空と風が心地よい稲刈り日和を見送ることになった。
予想外に空いた時間は溜まった資源ごみの整理、縫い物やアイロンがけ。
箱詰めした米やらを娘に送ったり、ついでに買い物をして帰ればお昼。
パラダイス酵母りんごジュースを飲んで一息つく。

イワタさんから譲り受けた着物はしまいこまずに目の届くところに置いたまま。
羽織ってみたり、試しに襟を付け替えてみたり、いろいろ遊びたいから。

着心地満点、作業着としては秀逸だった作務衣は名前が示すとおり、坊さんの作業着。
私が着るならばふだん家で着るもので外出着として着用したり、人に会うなんてもってのほからしい。

でも、私は普通に外出してるけどね。
お気に入りの作務衣なので襟が汚れないように、また擦れないように、好きな手ぬぐいを首のところに巻いて着ると着物の襟元のようで雰囲気が変わる。
私は作務衣を「簡易和服」というカテゴリーに入れている←勝手にな。
上下共に着た場合、気をつけなければならないことがある。
そば屋の多い信州では料理屋の中居さんかと思われしまうので、
外出なら別々で着るのがおすすめ。
がっつりオシャレさんに変身したい時にはアクセサリーや帽子もイケる。
さらりとイキに着たい時にはボディバックやスニーカーもイケてる。
色白さんでふんわりキュートさんなら襟の部分にフリルがあってもイケる。

時代は令和。
着物だって、作務衣だって、カスタマイズ。
自分流に楽しんでもいいじゃないかなと思ってる。

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彼岸花

小屋の影にひっそりと咲いている彼岸花。
彼岸花、曼珠沙華と、呼び名はいろいろ。
秋彼岸の時期に咲くので「彼岸花」と呼ばれる。
曼珠沙華はサンスクリット語で天界の花という意味らしい。
リコリスとも言うらしいが、リコリスと彼岸花は別だという記事もあったりして本当のところはわからない。
花にとっては呼び名など「お好きにどーぞ」

墓地で真っ赤に咲いている彼岸花は、なんであんなにも異次元なんだろう。
彼岸花の球根には毒があるため、土葬にしていた時代にはモグラに墓地が荒らされないよう植えたのが始まり。
炎を連想させる赤色はちょっと凄みがあるし、
「毒ありますよ」「近づくと危険ですよ」と言ってそうにも見えません?
うちの小屋の影にひっそりと咲いている彼岸花も同様にそんな雰囲気がある。
小屋の影に植えてあったりするもんだから、余計に怪しい感じがする。
家に持ち帰ると火事になるという迷信があったりするのも、彼岸花の毒性を危険視した背景があるんでしょうね。

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ケツメイシ

昨年いただいたケツメイシのタネは、
夏の間レモンイエローで畑を彩り楽しませてくれた。
花も残り少なくなって実りの秋にサヤをつけた。
サヤの中のタネは、漢方薬もしくは健康茶としてハブ茶と言われているものでノンカフェイン飲料。
あとは自然にはぜるのを待つ。
庭のバラにはアブラムシがつき始めた。
よくよく見てみれば天敵のテントウムシが不在の様子。

夏野菜も終わりになって、来年の畑の計画をする時期になった。
当初ハーブを植える計画だった鳩小屋の跡地が片付いたので、ハーブたちの植え替えをすることになる。
畑はハーブから野菜畑へと変わっていく。
自然農宣言から一転、堆肥を混ぜ込むことになりそう。
そもそも、うちには堆肥となる落ち葉があるので循環農法として成り立つ。
来年も「環境を生かして生きていく」という選択に変わりはない。

環境と私は連なりをもってひとつ。
土地の特性を生かして暮らすと決意することは同時に私の生きる環境も生かして生きることを選択し決意させる。
ユニークな個性を最大限生かして生きるためのファーストステップ、自己受容が環境に合わせて生きることを選択し決意させる。
夢や目標は少なくとも今の私には全く必要のないものになってしまった。
目の前にあるもの全て、私が肯定したものばかり。
私が存在していいと認めたから現れたリアリティに不満は起きるはずも無く、自己受容と自己愛がじんわりとハートに流れこむ。
その先に現れるものは当然、私が肯定したものばかり。

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kimonoライフ

10年ほど前、カワイイものが好きすぎて暴走した。
向かったのは着物の世界。
着物を見る目も文化的背景も度外視して欲望のままに「カワイイ着物」を探して、時間とお金を費やした。
数ヶ月、着付けを習い、秋から翌年の春までに何度かお出かけもした。
日常に馴染むことなく暑い夏がやってきて、浴衣を着ることはあっても着物はタンスで眠ったままになり、「カワイイ着物」は紆余曲折を経て「カワイイうさと服」へと繋がって行く。そしてこの秋、私の着物LOVE再燃。

おそうじの会で仲良しのイワタさん。
元ピアニスト、元テレビ局のプロデューサーという経歴の超絶カワイイ女性で80歳を超えて品のあるおしゃれを楽しむ方だ。
おそうじの会では料理の盛り付け担当をしてもらっているので、台所では話に花が咲く。イワタさんと私を繋ぐのは上下関係でも年齢でもなく音楽だ。
イワタさんの正直さと、チャーミングさと、筋の通った生き方がピアニストを経て今でも貫かれている。
その女性としての生き方、哲学は深い。
慈悲と結びついた美しさと言えばいいのか。

イワタさんは昨年あたりから家にある思い出の品物を整理しているらしい。
亡くなられた旦那さまの油絵、手作りがご趣味だったお母さまの作品、着物などもご子息やご縁のある方達にお譲りしているということだった。
私も数年前にイワタさんが海外のパーティー用に購入したという衣装やコサージュなど、ライブで使えるようなものをいただいた。

そしてつい先日の会の時には「カワイイ着物」が好きだという私にレトロな着物も何点か持ってきてくださった。
イワタさんと私は背丈がちょうど同じ。
どの着物もぴったりサイズ、帯締めなどの小物のレトロ感は洋服にも合わせて出番を多くしたいと思うほど、控えめなのに存在感のある品物。
奥さまにも作務衣をいただいて、今日は作務衣で過ごしている。
着てみると作務衣は本当によくできている。

季節は秋。
「読書の秋」が定番だったけれど、今年は「お稽古の秋」になる。

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