最後の週末

8月の最後の週末。
夏休みの終わり集合意識の匂いがする。
セミの鳴き声もどこかせつない。
楽しく開放的な長期休暇を終える合図のようなオレンジ色の太陽。
秋はすぐそこに。

九州の災害は想像をはるかに超えて大きな被害となり、2019年8月最後の週末を大きな悲しみと不安で過ごしている方たちがいる。
私は遠く離れた信州の山郷で静かな週末。
それにしても、
机の上の花が枯れていることにも気づかないなんて、
私の心はどこにいたんだろうか。

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

人は、日々が忙しい忙しいと言って、
日ごと、夜ごとに、大切な命の時間が、
刻一刻と過ぎ去っていくことを自覚しないもの。
(善導のことば)

大切な命の時間はそう長くない。
誰もが平等に与えられている一瞬の連続を人生いうのならば、
どのくらいの人が人生と呼べるものを味わっているのだろう。

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8月の終わりの庭酵母

蒸し暑い一日が終わって、シャワーでスッキリして至福。

冷蔵庫に入れておいたパラダイス酵母を軽く振ってフタを開けたとたん、すごい音がしてプラ用器破損!爆発だ!
怪我しなくてよかった💦
酵母水は気をつけないといけない。
それにしても発酵のチカラってすごい。

うちの畑で自生する葡萄は、成っていても誰も食べない。
観賞用になりつつある、というか、観賞用でいいとさえ思っている。
その葡萄を使って、ケンが「8月の終わりの庭酵母」を作るらしい。
ということは、セロリや大葉、ブラックベリー、オクラ、ナス、キュウリ、を入れたりするんだろうか・・・想像できない。
パラダイス酵母がうちにやってきたことがハートに火をつけちゃったらしい。

じつは1週間ほど前に見よう見まねで葡萄の酵母作りにトライした時のこと、
明らかにカビが見て取れるのに「カビではない」と言い張り、数日の間は瓶を振ったり、いい匂いがするから大丈夫だとか言ってましたが、カビの匂いが強くなってきたところで強制リリース。
再チャレンジはレシピ本を参考にして作ることにしたらしい。
「手で混ぜるらしいよ、発酵には手のアカがいいらしいから」と、本で調べた浅知恵で話し続けるのをウンウンと聞いておりましたが、とにかく、衛生的にお願いしますよと、念を押した。

手のアカと聞いて、あなた以外の誰が飲みたいと思うのか。
それは手の常在菌のことだと思うのですが、めんどくさいのでこのまま放置します。

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地球の重力に耐えて生きている皆さんへ

おはようございます。
いつも優しい気持ちで読んでいただいてありがとうございます。
私の日常、特別ではない日常をこのように書き連ねているわけですが、
お手当の「こんにゃく湿布」へのアクセスがとても多いと聞いて、
この時期に、体へのアプローチに興味を持たれる方が多いことを大変嬉しく思います。
途切れているマクロビオティックの記事も再開するように準備を進めています。
クシマクロビオティックでの経験はその後の人生に大きく影響しました。
興味のベクトルは収まるところを知らず、日々失敗とともに経験を重ねています。健康法についてはいろんな考え方があるので、これだけが真実ということはありません。ご自分に合う方法を見つけて試していただくことです。
私の記事は「そんな見方もあるんだな」と、そんな程度で読んでいただけたらと思います。興味がわく事柄があれば、ググってみてください。

色合いが地味なのは、色を使うと疲れてしまうからです。
家の中も色使いは一番気を使います。
食品の袋の色、タオルの色など、ほんの些細な色が目につくと疲れます。
植物以外の色は苦手です。

地球の重力に耐えながら生きている皆さん、
本当に重いですね、私も重くて仕方ありません。
どうぞ、自分をいたわり、ねぎらい、かけがえのない自分を大切にしてくださいね。

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カボチャLOVE

今朝は、やけに音に敏感。
音に対してストレス反応、痒い、眠い、イライラ。
ダブちゃんは丸くなって爆睡中。
猫って自己愛ハンパないね。

私の今日の自己愛はマクロビオティックスイーツ。
今年はカボチャが豊作。
カボチャLOVEの私はばんざーいするほど、飛び上がるほど嬉しい😍
カボチャプリンを作ろう。

価値観というやつについて。今の私が感じていること。
自分の価値を測るには自分をモノとして見ていることになるんだけど、そもそもモノじゃないからね、私たち(笑)
私たちは波であり粒子であって、自分が信じてるような肉の塊じゃない。
リアルに肉に見せかけているけれど、本当は違う。
波と粒子に価値という言葉は意味不明、使えない。
それに、私たちは作られた方だから、作った方の意図は想像はできても確かめることができない以上、本当のところは想像でしかない。
ただ、存在しているということだけがリアルに感じられる確かなこと。
波と粒子は目に見えない感情を引き寄せてリアリティを作っていく。
価値観という人工的で、いかにも自我が喜びそうな物差しは即刻手放したほうがいい。自己価値観が低いというのは妄想です。自分に価値などありません。自我は残念で仕方ありませんけど、そんなものあったらあったで今度はジャッジメントをするようになる(-。-;
自己価値観が高い人は、何かと比べて「自分は価値ある存在」と感じておられる。比べているものは何ですか?ってことなんですよ。
人は比較できるような単純なものではありませぬ。
自分の価値を上げるためのベクトルではなく、自分への愛のベクトルが正解!





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ふたりでいる意味

まさか、長野で暮らすことになるなんて、夢にも思わなかった。
これ、私の口癖。

夕べ、夜あそびの帰り道に20年前に初めて上田にきた時に歩いた道を車で走った。20年前、大きな選択をしたことに自信が持てないまま、ひとりうつむき加減で歩いた冬の思い出。
その時代、上田は楽しい時間を過ごした親しい友人が住む土地だったけれど、ひとりでいる時の心の内はその時間と程遠いものだった。
友人の存在は自分の気持ちに向き合わずにいられたけれど、その友人も遠くへ越していった。
空虚感が続いた数年後、私は上田から車で20分ほどの日当たりの良い町で暮らし始めた。お天道さまと、マクロビオティック、音楽と新しい仲間たちと過ごすうちに癒されて正直に生きることができるようになって、どんどん自分が好きになっていく。

今は、その通りを歩く理由もなくなった。
その時代を懐かしく思いはしても、その町に残るセンチメンタルな感情から逃げるように足が遠退いたまま、友人との連絡も途絶えた。
風の便りに元気にしていると聞いた。

久しぶりに走ると、駐車場が出来ていたり、マンションが建っていたり、飲食店も変わっいて・・・思えばその頃に仲良くしていた人たちとも付き合いがなくなった。環境を自ら変えていくことへの免疫力を得た私は、既存のものにも抵抗しするようになって、権力も毛嫌いして、妻としてどうあるべきか、母としてどうあるべきかについても持論でもって生きてきた。当たり前とされているもの、常識を疑い、「盲信するな」という桜沢如一先生の言葉は脳の回路に組み込まれた。

一緒に暮らすケンは夫であり、親友であり、戦友であり、父であり、時には子供のようにもなる。人は多面体だ。

ふたりでいる意味。

どんどん変化していく私について合わせるだけでも大変なことですが、20年も共に暮らし、持論と持論がぶつかりあう場面を繰り返し、ようやくふたりでいる意味を味わい始めた。
昨日の私、今日の私、明日の私、と激しく変化する私をずっと20年も見届けてきたケンは、その意味で尊敬に値する。

今、ブログを書きながら隣にいるケンに「ふたりでいる意味って何?」と聞いてみた。速攻、「性格の不一致の克服」と返ってきた(笑)

またまた、どーでもいいことを聞くな〜、みたいな話しぶりも想定内。
反応するよりも先に私にはわかる。

それより、自分が撮影した写真を見ろ!と、これを撮影するのにどんなに大変だったかと撮影秘話を話し続ける。
本当に性格の不一致、納得。

私たち、愛すべき性格の不一致。

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知らないことは観察する

おそうじの会の清々しさが今朝も続いたまま、キッチンに立つと人参に、梅干しに、水に、火に、と感謝の気持ちが湧き上がる。
感謝は”する”ものでじゃなくて、勝手に湧き上がってくるもの、そういうもの。
溢れるそれらの使い方は考えるよりも早く、選ぶよりも早く、体が動いている。
自己愛満タン。
これが普通の状態だと、起きている今の経験を味わう。
自己愛満タンの状態を維持するための努力は不要。
この状態で自分を取り巻くエネルギーを感じ尽くすこと。

どんな場合でも、ジャッジメントは分離だと気づけるように。
自己愛満タンの状態を、瞬時に選ぶことができるように。
どんな場合でも、否定されたなら「自分の知らないこと」として観察する視点で物事を見ることができるように。

人参の酒粕炒め、切り干し大根の煮物、キュウリのカレーマリネ。
私の好きな常備菜3点セット。
慈愛と滋味とを込めて。

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8月おそうじの会

二日後の施餓鬼供養のために組まれた祭壇を前にして、
和尚さんから供養についてのお話を聞く。
浮かばれない霊たち、動物の霊、お盆が過ぎて施餓鬼供養は執り行われる。
昨年、実際に供養の席に着いた方から、その場で起きた不思議な体験話を聞く。
大きく揺れるロウソクの火を見ながら聞いていると昼間というのにやけにひんやりとしてるぞ、この空気・・・ひぇぇぇ

8月のおそうじの会、処暑になったばかりの本日。
信州では朝夕の涼しさは秋の訪れ予報。
そろそろ夏野菜の食べ方にも注意しなきゃ。
と、そんなことを考えていたらあれもこれも茶色くなってしまって、
盛り付けを手伝ってくださるイワタさんもアイデアを振り絞ってくれた。
食べてみたらわかる。美味しいんだもの。こんな日もあるさ。
私の心配をよそに、
皆さんが心で色づけをしてくれたお昼ご飯なのでした。

月に一度お目にかかる人たちと親密度は高まっても、踏み込まない一線の礼節。
目の前の人たちが私を映す鏡だとしたら、私は自分をもっと信じていい。

人は完璧じゃない。
完璧ぶる必要もない。
私はこのスタンスで行くのだ!

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今年最後のトウモロコシ

収穫が少し遅れたトウモロコシは粒にシワが出始めて、硬そうに見える。
無農薬だけれど、虫は見当たらない。
というか、硬くて虫も食べられなかったのかも。
いつもより若干長めに茹でてみる。

やっぱり、硬くて甘みも少ない。
でんぷんの粉っぽさが際立って、茹でたのに生っぽい。
みずみずしさはどんどん抜けていき種へと成長する段階に差し掛かっているんだな、なるほど。
種になれば誰も食べない。
普通に食べられない、ポップコーンにする以外に。

この種が孕んでいる可能性は一粒万倍の未来。
いっときの甘さを享受できるものは多くても、種から無限の可能性を受け取れるものは限られている。
種を運ぶ鳥のようなものか。
「いただくだけ、ぐうたら自然農法」の私も無限の可能性をいただくことにする。

パラダイス酵母という名の酵母水をいただいたので、ここ数日は波動に意識して培養し増やしているところ。
地球暦の杉山開知くんから回り回って巡り巡って、久しぶりに連絡がとれた友人から私の手元へやってきた酵母。
ヘリオコンパス、太陽系時空間地図で惑星の位置を毎日観察している私としては、処暑、春分から150度のタイミングでやってきたパラダイス酵母は、まるでマクロとミクロの世界が集結したようなタイミング。
何が起こるか、楽しみ。

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夜更かしをした朝は

雨が続く。
朝から雨。
今年の巨峰、日照時間が少なくて色づきが遅れているらしい。
夜更かしをして水分を摂りすぎたのか、
夜中にトイレに起きた。
顔が少しむくんでいる。

今週末のおそうじの会に向けて準備をする一日になる。
昨日の夜更かしは、今日のスタートに集中するための頭と心の整理といった時間で、読みかけの本を棚に返したり、書き留めた付箋をノートに書き写したり。
細々としたそれらは、少しづつだけど私のエネルギーを消耗させる。
タイミングで整理し、処分することを心がけている。
「生き生きとした気持ちで料理をすること」に段階を経て、自分を持っていく。
フィーリングが下がったのなら、自分のチカラで上げていく。

このところ、朝はチャパティ。
粉と水と塩があればあっという間にできる。
半分くらいの確率でプーっと膨らむようになったので、ポケットパンにして野菜を挟んで食べるのがマイブーム。

ここ半年で生活が変わった。
髪を染めないと決めたのは、取り繕うことをやめる生き方を選んだということで、髪を染めない決断の深いところに強く頑固なまでの生き方の選択があったことを私は知らなかったけれど。

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雨の日リスト

いまここ、脳の休息。

なんのことはない、体の感覚を意識する。
座っている時の体重のかかり方、
聞こえている音が体のどの部分をリラックスさせているか、または緊張させているか。

外側にある膨大な情報も、パソコンに開かれたマルチタスクもシャットアウトして、自分の感覚だけを見ていく。
呼吸は波音で、
どの呼吸も同じでないことに気づく。
浅い呼吸が続いているのなら、
雨の日は意識的に深い呼吸を数回繰り返してみる。

天気予報の「雷を伴う50ミリの大雨」は夕立の事。
夕立の後、マイナスイオンが発生すると細胞は喜ぶ。
ストレスホルモンのコルチゾールも、
脳内の疲労物質も洗い流してくれそうな雨の日。

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