無力を知ることは無力で終わらない

椿大神社を参拝の時に、いつも気になっている行満堂の存在。
月に一度の護摩焚きがされるお堂で、護摩焚きを私は見たことがない。
お堂が社の中でもひときわひっそりとした佇まいだなと感じるのは、
信長の焼き討ちにあったお寺の僧たちを供養するお堂であるからだと聞いていたからかもしれない。

神社の敷地にお寺があるところで有名なのは日光東照宮にある薬師堂。
他の神社でも姿形は仏教の象徴として鎮座してる大黒さま、弁財天さま、お稲荷さんはよくお目にかかる。
鳥居の先のご神名となると、大黒さまは大国主命、弁財天さまは宗像三女神など水の神さま、お稲荷さまはウカノミタマの神としてお祀りされていたりする。

椿大神社にある行満堂。
行満大明神は山伏の開祖、役行者の師であると言われている。
そして猿田彦さまのご子息だという話もあるらしい。
今では真実かどうか確かめようがないけれど、
猿田彦さまをお祀りする椿大神社で山伏の存在を意識せずにはいられない。
山伏は山で暮らす知恵を持った行者。
国土の9割が山であった日本列島を切り開いていくための道案内としての役目を果たした。それは猿田彦さまが登場する神話として残っている。

山伏たちが山を修行の場として生きる時、山は神になる。
自然の中で自然を敬い、自然を畏れ、自然と共に生きる知恵は山岳信仰として宗教と呼んでもいい、生き方とするならば哲学と言ってもいい、どちらにしても猿田彦さまは「道ひらきの神」として崇拝されている。
紀州熊野の山は熊が住めるほどの豊かな山で、熊が住めるということは自然の循環が整っている証しでもあることから「熊野」と名付けられた。その山で人が熊に襲われるという事件があった時、たくさんの熊が殺された。
山で暮らすということは、人間がいかに無力であるかを知ることだっただろうと想像する。
滝の禊ぎでまず最初に体験するのは恐怖という感情なのには理由があるのだと思う。
山伏が滝禊ぎをしたところを見たことはないけれど。

ポジティブ思考がもてはやされる現代には大自然の中で小さき無力の自分を知ることは無意味に思われるかも知れない。
大自然の中で無力な自分を知ることは、
出来ることも無限に発見することになる。

風にしなる枝のような柔軟さを。
無力を知ることは無力で終わらない。

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