3月おそうじの会

春の陽気を吸い込んでいく季節。
たまに夜更かしもいいけれど、この陽気を体に取り込むために早起きを。

たくさんご参加いただいて賑やかな会。
集まれば、限られた時間の中で大きなテーマに対して様々な思いをシェアできる。補ってもらったり、補ったり、といった循環は勝手に起きる。
年に何度か少人数のおそうじの会もあるけれど、それはそれで個人と深くつながることができる機会として訪れる。
お寺といえば宗派があって、葬儀の時くらいしかご縁がないように感じていた。
和尚さんは一般人が気軽に相談できるような方ではないというイメージ。
おそうじの会は曹洞宗の正眼院で行っているのですが、
和尚さんもおクリさんも、それはそれは柔らかく、いつでも門が開いてます。
すなわちハートが開いています。
それは、個人としての自分が溶けこんでしまうような感覚で。
ノンデュアリティという真実を体験したい私の自我に、「それは違います」を繰り返し体験をさせてくれます(笑)

宇宙の法則の現れは、地球上の温帯地域日本では自然が繰り広げる四季の変化。
そういう意味で、旬の野菜を使ったマクロビオティックの食事は、
健康にいいのはもちろんですが、深く見ていくと自然そのものに近づく食事です。食事を変えるところから派生的に起きてくる欲求は衣食住へ赴きます。
春はデトックスが大きい季節で、冬の間に溜まったものは、多くは脂肪に溜められたものは春の食材が排泄のお手伝いをしてくれます。
苦味のある野草、ふきのとうの苦み、なばななども。
酸味のあるもの、発酵食品なども摂り入れたい。

アドヴァイタ

のほほんと、でも感覚は研ぎ澄まされて3月は穏やか。
ドーパミン系の体験というか、
たぶん多くが求めているような出来事はないのに、
普通に穏やかに過ごせているのがいい。
ねばならないこともないので、
ピアノの倍音とか、周波数とか、
なぜエレピを弾く時には少しの不協和音があるとほっとするのか、
それをほぼ感覚でやっている生命の不思議とか、
生のピアノで歌うときと、エレピで歌うときに意識せずおさえてるコードが違う理由とか、それらが教えてくれる全てに感謝したというわけ。

ずっと途絶えたことのない音の世界、響の中に、シンプルな宇宙の法則性が現れているのに気づくと絶対的な安心感が起きてくる。

 

霧の間から春です。

スーパーの春キャベツが安くなってる。
ふんわりと巻いた春キャベツ、柔らかくて美味しそう。
今年は冬らしくない冬で、冬将軍がいつ来るかと武装して待ち構えていたすぐ横を通り過ぎていった様子。
武装解除ですな。

 

ライブのお知らせ Festa de Casa Libre

佐久市岩村田にある南米カフェ”カサリブレ”で歌います。
このライブは「maile ukulele club(マイレウクレレクラブ)」さんと「11月のトマト」さんが出演のライブなのですが、私はマイレさんの枠で数曲歌います。
最近はほとんどライブをしていないので生きてるユッコを見に来て(笑)

以下、チラシから出演者の紹介を抜粋しました。

マイレウクレレクラブさんは上田、佐久、小諸で2014年より活動開始。
現在は7,8名のメンバーでイベントやライブを行っています。
ゆったりとしたハワイアンの風を体感してください。
11月のトマトさんは自然と体が動き出す心地よいR&Bなど、世代を超えて楽しんでいただけるセットリストを用意して盛り上げます。
今回はカフェライブということでアコースティックなアレンジでしっとりと。

2019.3.3 open14:00 /start14:30
Ticket  2000yen(1Drink+Tapas)

チケットはカサリブレさんまで
※チラシには私の名前は出ていませんが出演しますのでご安心を。
佐久市岩村田760-2
0267-85-2884

2月/3月おそうじの会

1月のおそうじの会の後10日間を経て2月のおそうじの会を開催しました。
毎年恒例になっている正眼院の節分会、今年は休日ということもあり約400人の参詣者であったと地元のテレビ局が報じていました。
2月のおそうじの会は平日でしたが、節分会の片付けを兼ねた清掃ということもあって参加者は15名程、都合をつけて参加してくださいました。

1月の献立はきんぴらごぼうを使った中華サラダ、白菜の和え物、ひじき蓮根には冬土用を意識して土のエネルギーのひよこ豆を加えました。
定番の味噌漬けこんにゃくは玄米味噌に二日漬け込み陽性の強い調理法で寒い冬の調和を意識しました。

信州の2月はまだまだ根菜がおいしいと感じられます。
ゴボウと厚揚げのごま酢和え、切り干し大根と白菜の漬け込み常備菜、人参の酒粕和えなどに加えて南から春の苦味「菜の花」が店頭に並び始めたのを見て、二十四節気の立春に意識を合わせて菜の花とブロックリーのくるみ味噌を添えました。菜の花の苦味が体に染み渡り目覚めさせてくれます。

おそうじの会は六根清浄のお掃除の意味合い、和尚さまの指導のもと坐禅、俳優の吉祥美玲恵さんの心に波紋を投げかける洗練された言葉のチカラ、そういった世界観の中で心を磨いていきます。
おそうじの会のように年齢も体格も違う人たちが集う時、
その時に全ての人たちが100%玄米をおいしいと感じるかといえばそうではありません。全ての人においしいと感じてもらうために多めの油や純度の高い甘さを使うという手段を使わず体も心も満足してもらえるだろうかといつも考えます。

その世界観の中で様々なレシピを参考にして季節を感じて料理していますが、最近はもうひとつ明らかにしていきたいことが出てきました。
それは自分の立ち位置です。
私はクシマクロビオティックのアドバイザーという資格があるということよりも実践者という立ち位置に立っているということです。
そこではマクロビオティックの陰陽の羅針盤の正しさを伝えるよりも、その羅針盤を使って自分を知るという意味合いがとても大切に思うのです。
誰もが本当の自分を見ることはできません。
鏡に映して初めて自分を見ることができます。
その鏡が曇っていたり割れていては、間違った自分を見て生きていることになるではありませんか。
ごまかしていい気になっているより、本当は鏡に不調和な自分が写ることの方がどれだけ幸せなことかしれません。
自分の立っている場所、不調和を知っても自分を卑下したり自尊心を汚したりする必要は全くないどころか、それは初めてスタート地点に立った祝うべき瞬間なのです。

星めぐり

寒い日の星はいっそう輝く。
子どもの学習教材には大人の趣味にも使えるものが結構あって、季節ごとの星の航海図を見ることができるセロファンはその中でも私のお気に入り。
方位を確認しながら見上げてみればほぉー!と感激する。
星を見たいと思う時は、いつも何か迷っていたりするときで、
私は多くこれまで、自分のことに関しては相談することができずに生きてきたけど、頭の中がぐるぐるしちゃってどうにも解決できそうにない時は星を見る。
実際に夜空を見上げるだけでなく、星に関する様々なものがたりを読む。
2月に入って、まだ星を見上げているのにも理由はある。
球状の頭に中のプラネタリウムには無数の星が広がっていて拡張し続けている。
新しく発見した時は間違いなく新しい世界が現れている。
まだ発見していないだけで、星は今ここで生まれて続けている。
迷っている時、解決できない時、まだ気がついていない星があるということ。
星と星が星座を作れば私だけのものがたりが生まれる。
そうして頭の中の星めぐりは今日も続く。

stone

我が家にやってきた子です。

左はヒマラヤ、右はインディア。
ツインソウルに出会ったみたいにふたり、しっくりしてます。

手のひらに乗せると広がっていく新しいウェイブ。
硬い鉱物は、やわらかな柔軟性を兼ね備えてやってくる。
ホロスコープにグランドクロスを持つせいなのか、キラキラの石よりも、曇った石に心が傾く。
手に乗せてみると卑屈さをスーッと癒してくれる。
オラクルカードは「New Life」
愛すべきグランドクロス、愛すべき曇り空、愛すべき世界。

明けましておめでとうございます

macro to microに遊びに来てくれた皆さん、ありがとうございます。
今年もマイペースで発信していきます。
今年は平成最後の年ですね、
いろんな面で古い殻を脱ぎ捨てていく流れに乗っていきましょう。
断捨離はモノだけではありません。
思考癖もありです。
あれこれと抱えて苦しくなっている人は多いのではないでしょうか。
自分を苦しくさせているものこそ、これからは必要ないものになっていきます。

振り返って、昨年は大小様々なものを手放した年のように思います。
おかげで軽やかで穏やかな年になりました。
全く違う分野に挑戦したり、直感で行動したりしましたが、やりたいと思ったことがいつもできる環境にいました。
今年も私の挑戦は続きます。

私にとってマクロビオティックはライフワークです。
新しい時代に玄米菜食は古典のように思われがちですが、
古くて新しいというのが事実です。
無限に広がる陰陽のゲームを今年も続けていきます。
私はまだまだ失敗を犯す愚か者ですから、食べ過ぎたりします。
きちんと自分を管理できる自信などひとつもありません。
自分を管理できてるフリもしません。
いつでも中庸であることを目指すことがマクロビオティックだと思っていたけれど、中庸は通過点ではあるけれど、留まることはできないのです。
私が食いしん坊で愚か者だからかもしれません。
中庸の静けさを故郷にして、陰陽のダイナミクスを楽しむことこそ人生の醍醐味じゃないかなと感じています。

「この歌、まだ聴いている人いる?」

youtubeの動画で「この歌、まだ聴いている人いる?」と書き込まれていた。
私も何度も聴く歌を、知らない誰かも何度も聴いている。
その短い書き込みに1000を越すいいね!が付いていて、
同じ惑星からやってきた魂を感じて嬉しくて心が温かくなる。
生きずらさを感じているのは私も一緒。
弱さを克服しようとして戦ったり、
新しい自分になろうと嫌なことを頑張ってやってみたり、
媚びたり、卑下したり、あらゆることをしてみたけど、
あっ、何かを否定して自分の正しさを主張したりもした。
もがいて、もがいている魂がこの歌に集まってくるなら、
そもそも、この歌に込めたメッセージは、
youtubeを通して伝えられることを意図して今に生きている魂の歌。
ぽっかり空いた穴を埋める最高のギフトは、
努力とは無関係で、友達も飛び越えて、思いもよらないところからやってくる。