最近のおそうじの会は自主的に始まる。
私が9時過ぎにお寺に着くと、すでに軽トラックの荷台には草が山のように積まれていた。
聞けば8時前から始まっているらしい。

今日は本堂で法事があり、いつもの予定を変更。
8月のおそうじの会が中止だったために、今回はなんと2時間の草取り作業。
朝は冷えていても日が昇ると暑さで汗だくになる。
草取りの後で座禅、その後は少し早めのお昼ごはん。


今回の献立
・お味噌汁
・玄米
・サツマイモとワカメの煮物
・かぼちゃの青海苔和え
・ひじき蓮根
・油揚げと玉ねぎの生姜炒め
・小松菜のお浸し


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今回、おそうじの会の講話は方丈さまのおはなし。
とても深い内容を私たちにもわかるように、
丁寧にかみ砕いて論じていただいた。
私が理解したことは、坐禅の時に頭をよぎる「念・想・観」は量ることなく、仏であろうとする心も必要がないのだという話だった。
人によってはもっと深く読み取ることもできる内容なので、
私が理解できたと思っていることが、意味するところ全てではない。

振り返って、何ものかになろうとする心はいつだって苦しいものだもんなぁ・・・と、
煩悩だらけの私は思う。

坐禅をする姿形は仏そのものであっても、仏になろうとする心は必要ないのですよ、だってそもそも、みんな、全てが仏なのですから。
そう言われると、心が安らかになり、自然と笑みがこぼれる。

次の瞬間、またまた煩悩が疼きはじめる。
この笑みを誰にも見られていないことを案じ始めた。
見事というしかない煩悩にあきれるわ。

そして、その次に私の心によぎる考えは、
いえいえ、仏なんて、私はそんなもんじゃありません。

私こそ救われるべき人なのだと思った次第・・・

今回の献立は、夏の開放感というよりも、陽性を補うつもり。
大根、ゴボウ、人参。
ゴボウと旬のジャガイモ、セロリ、油揚げのマリネ、大根のハーブの香り蒸し、おからの豆腐マヨネーズ和え、こんにゃくの味噌漬け、大根とキャベツのプレスサラダ梅和え。

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今月は普段よりも1時間早い8時から、自主的おそうじ開始。
雨降りだから、本堂のお掃除。

料理写真を撮り忘れてしまったけれど、
梅干しを使った献立が2つ、カレー味の煮物、酒粕を使った炒め物。
お味噌汁は麹多めの信州味噌、
玉ねぎやキャベツなど、甘い野菜たっぷりでゴクゴクと飲みたいお味噌汁。
今回もコロナ対策で、お皿の下にリーフレタスを敷いたワンプレート。

時々、私が作るような料理を食べさせてくれるお店はないのかと聞かれるのですが、私が作っているのは家庭料理なのでご自分で作れますとお答えしています。
そのほうが楽しいに決まってる。
マクロビオティック料理において、忙しいは理由にならないです。
何を作るおつもりなのかと、まさかコース料理とかいう話じゃないでしょうねと、お聞きしたい。

私はクシ・マクロビオティックのアドバイザー。
実践中ですから失敗も数えきれないほどやってますよと、聞いてください、なんでも教えますよと。
地元の野菜を使うので特別な材料はなく、手順さえ覚えれば誰でも作れます。
作っている間に陰陽がわかってくるというもの。
面倒だと思うこともたまにはあるでしょう、人間だもの。
扱うものがシンプルなものならば、作り手はウソはつけない。
そういうことを、失敗を重ねて教わった。

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4月が中止になり、5月はどのくらい集まるのか危惧していました。
行ってみると、早い人は1時間前の8時から草取りを始めていました。
2ヶ月の間にお寺の庭の草が伸びていることを知っていたのでしょう。

コロナ対策として、今回はワンプレート、食後は2、3人で短時間で片付けられるようにしました。
メニューは汁気のないもの、料理の間にはサラダ菜を敷いて間仕切り。
大人のお子様ランチ、賑やかなプレートになりました。

・高野豆腐のマリネ
春雨、人参、高野豆腐、ネギを前日からマリネ液に漬け込んだおかげで、お昼にはジューシーなマリネに。
・ひじきと豆の梅サラダ
ひじきの煮物に新玉ねぎとひよこ豆を和えて梅味の和え物に。暑くなる季節にオススメの海藻アイデア料理。
・キャベツと柑橘のプレスサラダ
オーガニックの柑橘が手に入ったのでプレス器で水分を抜いたキャベツと和えた。柑橘の酸味と春キャベツの甘みが絶妙、私の「今日一番美味しいと感じるもの」
・小松菜の胡麻和え
胡麻和えはゴマで和えただけ、味付けはしない。
シャキシャキ感を残してさっと湯がいた青菜の新鮮な苦味が体を冷ます。
・なめたけ
ご飯のお供になめたけ。玄米が食べづらくなる季節には、玄米によく合うナメタケの出番。
・沢庵
お寺の発酵菌が作り出した沢庵は欲しくても手に入らない、ここに参加しないと食べることのできない発酵食品、最後に一切れ残しておいた沢庵は曹洞宗の作法に従い、各々使った器を沢庵とお茶できれいな状態にする。
・野沢菜古漬けの天ぷら
お寺の最後の野沢菜漬けを使って毎年、副住職の奥さまが揚げてくださる。
・野沢菜古漬けと椎茸と昆布の佃煮
古漬けを使った郷土料理。日持ちがするように濃い味付けで煮込んだもの。
これから始まる農作業におにぎりの具としてグー!
・お味噌汁
わかめ、春キャベツ、新玉ねぎ、大根、もやし、油揚げ。
・リンゴの甘煮

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暖かい2月の雨が降る早朝、
切り干し大根と糸こんにゃくをノンオイルで煮た。
優しい味で体の中からスッキリした感じがする。
日本中がコロナウイルスの猛威を恐れて、あるいは静観している。
こんなとき、心のベクトルは恐ろしいウイルスをやっつけることではなく、
自分の体の働きを邪魔するような行いをせず、
本来持っている自然な体の働きを応援すること。
切り干し大根と糸こんにゃくの煮物は救世主的献立に思える。

マクロビオティックでは病気の原因は血液の汚れ、酸化血。
陰陽の食養が成立するのには、千島喜久男博士の腸造血説が元にあります。
食べたものは最終的に腸の絨毛から吸収されて赤血球になるという説。
千島学説についてはお茶の水クリニックの森下敬一博士が有名ですが、現代医学には受け入れらていません。

”私たちは食べたもので出来ている”
”私たちは食べ物のオバケ”
という話は大げさでも迷信でもなく、腸造血説に基づいた教えです。
とにかく強い血液にするためには、
高タンパク、高脂肪を控えて全粒穀物を中心とした食事にすること。
病気の種類はいろいろあっても、
原因はたったひとつ”血液の汚れ”なのだと理解すると、
健康についての捉え方もまた違ってくると思うのです。


<今日の献立>
切り干し大根と糸こんにゃくの煮物
白菜と人参のピリ辛酢漬け
なんちゃって炒り卵(豆腐)
小松菜とキノコと油揚げのネバネバ和え
干し柿と梅干なます
玄米ごはんor小豆雑穀ごはん
ごま塩
お味噌汁

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新年明けて、初のおそうじの会。
節分の豆まきが迫っているこの日、お堂の掃除や豆まきの会場となる広間の机やイスを片付けたりと案外と力仕事です。
参加者が多く、サクサクと手際良く進めていくあたり、
みんなの頭の上にピーンとのびたアンテナがあって、
言葉による指示よりも先に直感で動いてしまっている感じがするなぁ(笑)
最終的にこういう状態にする、という最終図を知ってるんですか?
そう聞きたくなる。

坐禅をしている間、私は引き戸を隔てた台所でお味噌汁を作っているわけですが、心静かにしていると和尚さんの声が聞こえてきます。
この環境で作るお味噌汁が美味しくないわけがないと、いつも思う。

1月はご馳走をたくさん食べた。
25日の新月の日、私は翌日のおそうじの会の準備に取り掛かる。
歩き回り、手を動かし、五感で味を整える。

マクロビオティックは医食同源の理論ですから、
陰陽理論を使った調理で治癒へと向かわせる魔法のようなもの。
自分にもともと備わっている機能をフルに動かせて健康を取り戻していく。
なんとなくいい気分になって癒されたとか、
そんな料理ばかり作っていたら、桜沢如一先生が許さないと思うんだ。

そして昨日は雑穀のアマランサスを使って、和え物を作って見た。
鉄分の味とほんのりとした苦味があるアマランサス、
この滋味を新年初、それも新月に体に入れて見たくなった。
扱いづらいアマランサスの個性を思う存分発揮させたことで、
気を良くしたアマランサスは体の中で大きな働きをしてくれると思う。
塩あずきも、かぼちゃの甘さをプラスしないで塩で味つけたことで、
小豆は小豆らしい甘さを表現してくれた。
アマランサスの鉄分の後で、塩小豆を口に含むと、
二つの食材のありのままがなんて素敵なのかと感じた。

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今回も楽しくて、充実したおそうじの会なのでした。
特別性のない、誰ひとりとして特別な関係性を持たない集まりは、
家族以外で初めての体験かもしれない。
音楽は愛や平和を言葉にしたところで、
いろんな意味合いにおいて違和感が発生する。
少なくとも私の場合はそう感じる。
音楽家はそんなこと100も承知の上で、自分に任された務めを果たしていく。
でも志を持って集まりながら、当然あっても不思議ではない想定内の違和感すら感じないのが不思議、おそうじの会。

かぼちゃの白和え、根菜のきんぴら、人参の酒粕和えなど、ホッとするなぁ。
作ってる私もほんわか、のんびりやってるから。
無作為でありながら、技量でもなくお料理にも出てしまうのね。
それでも音楽ほど違和感は感じない。

目的を持って突き進む人には、この会に意味は見い出せないだろうなと思う。
だって目的はないから。
目的を持たず続けられるから、今この空間に自分がいるという自我をできる限り持ち込まないでいられる。
その居心地のよさ、平安、穏やかさ。

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ここ数日、アウトプットしないと決めてプチ修行。
そうこうしているうちに月末のおそうじの会の準備に突入していく。
昨日のおそうじの会は久々のアウトプットということになった。

和尚さんは座禅と仏法の時間の後で法要に向かわれた。
吉祥さんも演劇指導のために今回はおやすみ。
参加人数も若干少ない。

いつもは私がマクロビオティックの季節のポイントを話し、
その話を聞きながら食事をしていただく。
でも今回の私はプチ修業としてアウトプットしない日々を続けていたので、
自然に言葉少なくなって、無理して話さず瞑想的に食べることに集中した。
静かな時間が流れる。
あれ、今日は話さないのかなと誰もが感づいたはず。

この数日間、手元に置いていたのは仏陀の知恵の本。
時間があるときにパラパラと読んだ内容から、
「最近読んだ本の中にこんなことが書いてありまして・・・」
と、自分が経験したことを交えて話をさせていただいた。
和尚さんがおいでにならない時間、この本を読んでいたおかげで少しづつ開いていくみんなの心に触れることができた。

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二日後の施餓鬼供養のために組まれた祭壇を前にして、
和尚さんから供養についてのお話を聞く。
浮かばれない霊たち、動物の霊、お盆が過ぎて施餓鬼供養は執り行われる。
昨年、実際に供養の席に着いた方から、その場で起きた不思議な体験話を聞く。
大きく揺れるロウソクの火を見ながら聞いていると昼間というのにやけにひんやりとしてるぞ、この空気・・・ひぇぇぇ

8月のおそうじの会、処暑になったばかりの本日。
信州では朝夕の涼しさは秋の訪れ予報。
そろそろ夏野菜の食べ方にも注意しなきゃ。
と、そんなことを考えていたらあれもこれも茶色くなってしまって、
盛り付けを手伝ってくださるイワタさんもアイデアを振り絞ってくれた。
食べてみたらわかる。美味しいんだもの。こんな日もあるさ。
私の心配をよそに、
皆さんが心で色づけをしてくれたお昼ご飯なのでした。

月に一度お目にかかる人たちと親密度は高まっても、踏み込まない一線の礼節。
目の前の人たちが私を映す鏡だとしたら、私は自分をもっと信じていい。

人は完璧じゃない。
完璧ぶる必要もない。
私はこのスタンスで行くのだ!

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