庭のアヤメが等間隔で整列しててかわいい。

60代の夫婦の一日のルーティーンをyoutubeで見た。
住宅メーカーのものだったか、他にも何人かの1日がステキな動画になっていて、どの家族も物が少ないのだ。
棚も引き出しの中も、見やすく、取り出しやすく、使いやすく整えられていた。

ふと居間のテーブルから台所を眺めて見た。

カウンターにも出窓にも、物がたくさん出てる。
使い勝手を考えるとこうなってしまうのだけど、時々、所定の場所に戻してスッキリさせるようにしている。それに、この状態の時には決まって冷蔵庫もマグネットで留められた紙物でいっぱいになっているもの。
せっかく素敵な動画を見たのだから、今がそのタイミングかもしれない。
所定の位置に戻すというよりも、収納棚には何年も使っていない食器類が入っていて実用的とは言えないんだから、総入れ替えに着手しよう!
いつかやらなくてはと思っていたんだから。

でも、一旦手をつけたら処分品やゴミなどが相当量でるわけで、その間、家はそれらを分別し保管しておく場所になってしまう。
覚悟が必要。
そのストレス、知っているだけに躊躇する💧

昨日も友人と「いらない物が多い」という話をしていたら、
こういったものを整理するのに、引越しは絶好のタイミングなんだと言っていた、納得。
私も引越しのタイミングで多くを整理してきた。
でもこの20年近く、引越しはしていない。
この家には私たちが20年近く住んでいる間のもの、それ以前からあるものが生きてきた家族分あるわけで、それは把握できない。
とりあえず、私が生きてきた分の整理は始めないといけない。

庭のアヤメが等間隔で整列してて、キチンとしてるなぁと思う。
整理しろと言われてるみたい。

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お寺の研修室の大きな窓から、なだらかに高原野菜のレタスを栽培する農地が見える。

レタス農家さんが何回めかの収穫を終え、黒いシートの片付けをしている。
小さな子どもが風に舞う黒いシートを追いかけて声をあげて遊びまわっている。

「この黒いシートは再利用するんですかね」

「いや、捨ててしまうでしょうね」

「この後、大きな機械で耕して、またレタスの苗を植えていくのよ」

たわいもない話をし終えて、
気づくと、目の前にピンク色のツツジの花が咲いている。

遠くばかりを眺めて、目の前の花に気づかないなんて。
こんなに艶やかに眩しいくらいに太陽を浴びて、自らも太陽となっているツツジの生きざまに気づくことなく遠くばかりを見てきたなんて。

まだまだ気づいていない、見ていない、見ようとしていないことが目の前にたくさん広がっていると思うと、やり直しだ、人間も、歌も。

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4月が中止になり、5月はどのくらい集まるのか危惧していました。
行ってみると、早い人は1時間前の8時から草取りを始めていました。
2ヶ月の間にお寺の庭の草が伸びていることを知っていたのでしょう。

コロナ対策として、今回はワンプレート、食後は2、3人で短時間で片付けられるようにしました。
メニューは汁気のないもの、料理の間にはサラダ菜を敷いて間仕切り。
大人のお子様ランチ、賑やかなプレートになりました。

・高野豆腐のマリネ
春雨、人参、高野豆腐、ネギを前日からマリネ液に漬け込んだおかげで、お昼にはジューシーなマリネに。
・ひじきと豆の梅サラダ
ひじきの煮物に新玉ねぎとひよこ豆を和えて梅味の和え物に。暑くなる季節にオススメの海藻アイデア料理。
・キャベツと柑橘のプレスサラダ
オーガニックの柑橘が手に入ったのでプレス器で水分を抜いたキャベツと和えた。柑橘の酸味と春キャベツの甘みが絶妙、私の「今日一番美味しいと感じるもの」
・小松菜の胡麻和え
胡麻和えはゴマで和えただけ、味付けはしない。
シャキシャキ感を残してさっと湯がいた青菜の新鮮な苦味が体を冷ます。
・なめたけ
ご飯のお供になめたけ。玄米が食べづらくなる季節には、玄米によく合うナメタケの出番。
・沢庵
お寺の発酵菌が作り出した沢庵は欲しくても手に入らない、ここに参加しないと食べることのできない発酵食品、最後に一切れ残しておいた沢庵は曹洞宗の作法に従い、各々使った器を沢庵とお茶できれいな状態にする。
・野沢菜古漬けの天ぷら
お寺の最後の野沢菜漬けを使って毎年、副住職の奥さまが揚げてくださる。
・野沢菜古漬けと椎茸と昆布の佃煮
古漬けを使った郷土料理。日持ちがするように濃い味付けで煮込んだもの。
これから始まる農作業におにぎりの具としてグー!
・お味噌汁
わかめ、春キャベツ、新玉ねぎ、大根、もやし、油揚げ。
・リンゴの甘煮

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毎月お寺さんで開催される「おそうじの会」は、お掃除から始まって座禅、そして最後に参加者みんなで玄米と少しのおかずをいただく。
食事には毎回、お寺で漬けた漬物が2,3切れほど並ぶ。
お寺の女性から女性へと、代々引き継がれてきた漬物だ。
そこには厳しい冬を生きる信州の食文化がある。

冬に漬けた野沢菜は、5月末に発酵の最終段階。
お寺という環境だからこそ5月まで発酵が続くわけで、
いくら信州でも普通の家庭ではこうはいかない。
つけ汁には酵母が幕を貼り始めて、酸味の強い漬物になっている。
それを洗い数回茹でこぼして椎茸や昆布と一緒に佃煮にしたものを出していただいた。
今回、私も野沢菜漬けの最終形をおすそ分けしていただいた。
冷凍もできるからと、多めにいただいた。
教えてもらった通り、まずは洗って茹でこぼし、ごま油で炒め煮にした。
ほのかな酸味、佃煮よりもシャキシャキとした歯ごたえがある。
こんなに発酵しているのに野沢菜の繊維はしっかりと残っている、すごい。
昨日は副住職の奥さまが野沢菜の天ぷらを出してくれたのですが、調味料は野沢菜の酸味だけ、とても美味しかった。

いつからかお寺の発酵食品が美味しいのは、うちにはいない発酵菌がお寺にはたくさん常在しているんじゃないかと思い始めた。
とにかく、漬物と呼ぶ全てが美味しいのだ。
おすそ分けしていただいた漬物に付着したお寺の発酵菌が、いつかうちにも住み着いて欲しいと心から願っている。

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おそうじの会から帰り道、アイスクリーム屋さんに行列ができていた。
今日は暑かったからなぁ。
私も冷たいデザートが食べたい・・カラカラ。
集中して火のそばにいる時間が長いときにはひとときのクールダウンが必要。

一番食べたいもの、イチゴだ。
イチゴと甘酒のフルフルデザート!
帰りにイチゴを買って帰ろうと思ったけれど、自粛明けの日曜日とあって農産物販売所もスーパーも駐車場は車でいっぱい。

ラッキーなことに畑に初イチゴ。
酒粕ヨーグルトとモラセスグラノラとイチゴでフルフルデザートを作る。
ほおばると、じわ〜んと染み渡るイチゴの甘さ。
カラカラで動けなかった体が、
「もう少しだけやりたいことがある」という私の意思に従うように動き出す。

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炊き上がった玄米をおひつに入れる。
「おひつ玄米」は余分な水分が吸収されて、木の香りと程よく噛み締められる玄米になる。毎日これが食べられるなら、毎日ご馳走。
冷やご飯としてそのまま食べても、蒸しなおして食べても美味しい。

今年は少し小さめのおひつを購入するつもり。
自粛生活が終わったら、木曽、奈良井宿あたりに見に行こうかと考えていた。
そろそろいい頃合い。
台所道具は毎日使うものなので、我慢はしたくない。
使い勝手の良いものの中から、
好きなデザインを選ぶのも台所の主である主婦の楽しみのひとつ。
自粛生活の間に、これまで空き瓶を利用して作っていた豆乳ヨーグルト、塩麹や醤油麹などを琺瑯、weckに変えることにした。
空き瓶は使っている間に、蓋の内側にサビが出たり、蓋の形によっては衛生的に気になるものがあったり、使い続けるようにはできていないからだ。
空き瓶を使って試しに何度か作ってみて、暮らしに定着したならば使い勝手の良い容器に変えていく。
おひつもそのひとつ。
どうやらうちの暮らしを支える道具になりそう。

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田植えが終わって、つかの間の休息。
ここでのんびりしてしまうわけにはいかない。
このあとやって来る夏の草退治を見越して体力気力充電計画だ。

そのためにはまず、田植えの後はワインで予祝。
今年も収穫が待ち遠しいなぁとか、
今年の苗は元気がいいとか、
あーだこーだと言いつつ、お祝いの雰囲気だ。
ところが、いつの間にか話は「困ったこと」へと変わっていく。
昨年の収穫後、田んぼに蒔いておいた藁がまだ完全な肥料にならず、これが秋の課題であることは確かに問題だ。
藁撒きの方法が間違っていたのかもしれない・・・
なるべくなら大変なことはせず効率的な方法を考えたいなどと、夏を越えて秋の心配が始まる。
ついでに農作業以外の心配まで始まって、
ここまでくると本当は心配することが趣味なんじゃないかと思っちゃう。

おい、予祝ちゃうんかいっ!

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畑のロケットがぐんぐん大きくなっていく。
春の初旬、うちの畑で収穫できる野菜はない。
でも自然の恵みはなんとありがたいことか、
野菜が収穫できなくても、コゴミから始まってフキやウドが食卓を飾る。
不足感を感じないどころか大地からのギフトはご馳走だ。

そのうちに、成長の早い二十日大根やルッコラやロケットなどがそろそろ食べられる頃合いになる。
肥料をたくさん与えれば収穫も早いけれど、循環農法が暮らしの柱になっているのでそれなりに工夫しながらこの季節を楽しみたいと思っている。

落ち葉や草、野菜クズを堆肥箱に積み上げておくと、下から土になっていく。切り返しという作業を繰り返しながら出来上がった堆肥を畑に返していく。
草と言えども畑から持ち出さない、野菜の食べられなかった部分も土に返していく循環農法。

畑の東側にあるハーブ畑は、以前に土を入れ替えた経緯があることがわかった。
隣を流れる川を整備するために使う重機を置いておく場所として畑を貸したそうだ。昔のことで経緯は分からない。
そして工事が終わり、畑を元に戻すためにどこかから土を持ってきたと言うことらしい。
生育が乏しかったのか、大きな野菜に惹かれたのか、化学肥料をバンバン入れて野菜を収穫していた。それをやめてから、しばらく放置しておいた畑だ。
野菜ができるようになるには時間がかかる。
荒地で育つハーブさえ小さく貧弱で、試しに植えた野菜はほとんどできなかった。
土だけの理由ではないにしても、今は急場凌ぎの野菜ではなく土、土を作りたいと思っている。

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コーヒーを飲んでいた時に使っていたフレンチプレス式のボダムのトラベルプレスセット、今は野草茶をいれて使っている。
定番の三年番茶、他には桑の葉、柿の葉、びわ茶、スギナ茶、そば茶など。
これからはカモミール、ミント、レモンバーム、ローズヒップ・・・ハーブティーの出番が多くなる。

朝一番のコーヒーが常だった時、香りに癒され同時にやる気が湧いてくるという効果があった。これはなかなか気持ちのいいもの。
以前にも気象頭痛のトリガーになるものの中にコーヒーがあることを知って、やめようと決めたことがある。最初のカフェイン断ちだ。
カフェインフリーのコーヒーやハーブティー、三年番茶、野草茶を飲むことにして数ヶ月コーヒーをやめた。
偏頭痛の痛みを薬を使わないで寝て過ごすのはものすごく辛いことなので、コーヒー断ちで偏頭痛が起きないならば「これでいい」と納得しているつもりだった。
・・・納得しようと努力していたのかもしれない。

ところが偏頭痛は起きた。

トリガーになるものはひとつではないのでいろんな要因が重なったのだと思う。
初めから心と体は納得していないし、コーヒーだけが原因じゃないとなれば、一度口にしたコーヒーで、なしくづし的に朝コーヒーが復活してしまった。
最初から、私の本当の要求に応えることなくコントロールし続けることは不可能。

今回、二度目のコーヒー断ちから1ヶ月半。
前回と違うのはコーヒーの香りが漂ってきても飲みたいと思わないこと。
カフェインフリーのコーヒーも飲んでいないし、ほとんど三年番茶とストレート林檎ジュース、たまに野草茶かハーブティー。

まだ体がコーヒーを飲んだ時の美味しさを覚えているコーヒー断ち1ヶ月半の地点で、私の本当の要求とマクロビオティックでは相当な陰性性をもつコーヒーを飲んで中和していた反対側の陽性はなんだったのか。
今、コーヒーを飲みたいと思わないのは陽性性に大きく振られていた振り子の振り幅が小さくなったということだ。

香りはどちらも同じくらい癒しの効果がある。
三年番茶は「さてやるぞっ!」というようなコーヒー程のやる気は湧いてこない。
じんわり、ゆったり、ほっこり、「さてやりましょう」という速度で、私の気持ちを置き去りにしないので、主役の私の速度ということになる。
コーヒーはもっと激しくて、頭のやる気が主体なので、体の声はかき消されてしまう。後で「あーなんでこんなに疲れてるんやろ・・」となる。
コーヒ断ちはまだ1ヶ月半なのでまだまだ観察中というところ。
偏頭痛は以前ほどひどいものは起きていないけれど起きている。
大きな変化は睡眠の質が以前と全く違うということ。
熟睡できるので翌日に疲れを残すことがない。

体の声を聞くと、偏頭痛の始まりに「我慢」があるように思う。
我慢は自分への冒涜だ。
正義や常識という硬い型に流し込んだ見せかけの自分は整った形になっているので賞賛されたり尊敬されたりするけれど、要求を受け入れてもらえなかった自己は怒りになるでしょう?
我慢を強いられても、我慢を選んだのは自分なのに、怒りの矛先が周囲に向くこともある。誰かのせいにして無罪になりたい心理でしょうか。
自分に向くこともあるけれど、どちらにしても厄介なことになる。
体の声を聞いてさえいれば、体は素直で柔軟性を持っている。
私は頭じゃない、本当の私は体が表している、ユニークさで表現している。

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今朝は久しぶりに温熱治療器をかける。
暖かい日が続いた後の雨降り。
肌寒さはふくらはぎの血流を悪くするのか、足の指先が氷のように冷たい。
そんな時こそ温熱治療器。
年に数回、講習会があるけれど久しく参加したことがない。
参加していれば体の部位に対応した持ち方や火の具合もうまくできるようになるんだけどなぁ。
不真面目な私に「自分が気持ちいいと思えばそれでいい」と言ってくれた先生の言葉を真正直に受け取って、ほぼ自己流。
ただ体の中でもかけやすい部分には自己流でよくても、かけづらい部分に及ぶと講習会に参加しとくべきだったなぁと思うことになる。

温熱治療器で体に熱が入ると、表面は冷たくても中は暖かくなっている。
温泉か、薪ストーブかというくらい。
今朝は下半身、特に足先、足裏、ふくらはぎを中心にかけてみた。
火が小さくなる頃、顔と頭皮に温熱を入れる。
髪の毛がチリチリと焼ける音がしても火がついたという話は聞いたことがない。
顔に温熱をかけて終了。
床に灰が落ちていても、私には床や椅子に落ちた灰は汚れでもゴミでもない。
洋服についた灰も全く気にならない。
温熱治療器の灰は私の一部、家の一部で、部屋の壁が多少すすけてもコーティングくらいにしか思っていない。
温熱治療器に寛大な自分、結構好きです✌️

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