11月, つぶやく:過去と未来から自由になる

今朝はお線香を焚いた。
母と姉と私の3人で、何年か続けて温泉旅行に行っていた頃の思い出のお線香。
毎年、中津川にある加子母観音さまをお参りした。
隣にある仏具屋さんでお線香を買い、お茶をいただく。
ここ数年、母の体調を気遣って旅行は行かなくなったけど、
その時に買ったお線香は大事に使っている。
お香やテルミー芯を焚くことはよくあるけれど、
母を思い出した日にはお線香を焚く。
時々電話で話すくらいのドライな親子関係なので、
”思い出す”というコミュニケーションでも十分わかりあえる。

中学を卒業する頃、急に太り出した私は高校3年間もぽっちゃりしていた。
いつも不足感を感じていて、
その不足感を補うようにお菓子を食べた。
外食の時には料理がテーブルに運ばれると、少食の母は自分が食べる分をお皿に取り分け残りを私の横においた。
いや、私は自分の分だけでお腹いっぱいなんだ。
でも横に置かれたものを残すことが出来なかった。
私がすっかり食べ尽くすと母は満足そうな笑みをしていた。
美味しいものをたくさん食べさせることは、母の愛情表現だったから残せない。

その頃は、食べることで心を満たそうとしていた気がする。
音楽に親しむようになって、
今度は音楽で不足感を補うようになった。
そんな私にとってコンテストは自分の価値を高めるものだったし、
賞を獲得すると、しばらくは完全な自分になった。

しばらくの間は。

でも、また不足感がやってくる。
そのうち、どんなに頑張ってもうまくいかなくなった。
その時から私は今もずっとダメな自分と人生を歩いているんだと気付いた時、
ちょっとショックだった。
不完全な自分を補う何かを求めて彷徨いながら。
何でも一生懸命に頑張れば、なんとか満たされるものだけど、
これまでと同じで、それは長く続かない。
そして掴んだものを手放さないように、必死で守ろうとし始める。
それは絶えず恐れている状態だ。

もう不足感を外側のモノゴトで埋めることはやめた。
外側のモノゴトでは満たされない。
過去と未来から自由になる。

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