11月, オトナの庭遊び:結局は何もいらない

今日も暖かい1日だった。
深さんは一日中、庭の落ち葉を集めては堆肥箱に運んでいる。

数日前に庭のゴミが片付いたことで(正確には庭の一部)ケンは先の見通しが立ったのか、朽ちた床材を壊したり、廃材をまとめたりと滞っていた作業を始めた。
今年中に残りのゴミ、多分トラック一杯分になるだろう粗大ゴミを業者に依頼する手はずになっていて、いよいよこの先は修理をしたり、作ったりと、やっと描いた庭作りに取り掛かることになる。
私には庭あそび程度だけど、
ケンにとっては自分の根っこと繋がるというか、大きな挑戦というか、私にはそう見える。
ケンの祖父はとてもキレイ好きだったそうだから、
その時の風景を取り戻したい思いもあるらしい。
そして祖母は今でいうところのミニマリスト、きちんと整理された物は少なかった。
私も義祖母のようにしていこうと思う。
2年前、ケンが中学生の頃に作った小屋を壊す事から始まった”大人の庭あそび”。
その時は、私にも描いていた庭があった。
でも描いてきたものを整理し始めると、形に残したいものなどひとつもなかった。
結局は何もいらない、大地が呼吸し始めるのを望んでいる。

この庭を描くのはケンの人生の課題なのかもしれない。
基本的に私は相談されたことに対して意見をいうくらいでいい。
私の希望はゴミが片付くこと、それ以上でも、それ以下でもない。
空いたスペースにはハーブを植えることでゴミを置かないようにするという提案をした。
本当に、何もいらないのだ。

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