10月, つぶやく:脱穀完了

昨年は脱穀のタイミングを逃したばかりか晴天に恵まれないという不運も重なって、
ホントに大変な脱穀だった。
気をもんだし。
今年はこまめに雨予報をチェックして、ハザかけした稲に雨よけのビニールシートをかけた。
その翌日から雨は2日間続き、雨が止んでからの2日間はずっと曇り空だ。

今日の晴天を逃したら、次の晴天予報の日はケンの仕事が入り、
その後には、またまた雨が続く。
昨年も脱穀の機会をどんどん先延ばした結果、
秋雨の季節にずれ込んでしまった。
欲を言えば今日1日は干しておきたい。
でも悩んだ末に脱穀することにした。

うちの田んぼの広さだと、
化学肥料を入れて最高は12袋収穫、
無肥料にしてからは10袋を超えたことはない。
今年は8袋の収穫。
老朽化してきた脱穀機も順調に働いてくれて、片付けをしたら4時過ぎ。

穀物さえきちんと摂ることができれば、
野菜は少しでも構わないと思っているので、
主食の玄米が収穫できるとホッとする。
畑の野菜は何かが出来ない年もあるけれど、
その時には何かが豊作になったりするので、
あるものを使い、足らないものは購入する、それでいい。
そうしているうちに季節はめぐり、何かが芽を出す。

主食はそうはいかないのだ。
一年を通して米にする。
野菜と違って保存がきくことも穀物が優れている理由。
天照大神が瓊瓊杵尊に授けたたったひとつのものが稲穂なのだから、
全てを観ることができて最高判断力を持つ神が日本人に授けたものは米。
穀類を細分化した結果、
ただの炭水化物とする発想はあまりにも卑小な考えだと思う。

信じるのは炭水化物という物質じゃない。
信じるのは最初から授けられているもの。

関連リンク