10月, HSPと偏頭痛:受け身で生きていくしかないのか

昨日から偏頭痛に悩まされている人は多いだろうなと思うほど、
気圧の変動が続いている。
薬を飲むほどでもないけれど肩の張りやズシリと重い頭に気分は優れないまま。
ベッドに入るほどでもないけれど、何かに取り掛かる気分でもない。

厄介な偏頭痛だけど、
このくらいに軽いものなら、
新しい発見のために、
諸説ある偏頭痛のメカニズムをいったん全部白紙に戻してみた。
体に関する原因、食べ物や気圧が原因だとするなら、
偏頭痛に対して私は術がないということになってしまう。
私はなんと弱い人なんだろうか、
この先も怯えながら、受け身で生きていくしかないのか。

偏頭痛は薬を飲むタイミングが重要で、
ひどくなってから飲んだのでは効かないと言われている。
偏頭痛が過ぎ去った後の心の軽さ、体の透明感は気持ちがいいので、
体に蓄積されたものが排出されたと考えると偏頭痛もなかなかのものだと思えてくる。
いいことなんかひとつも見つからないような偏頭痛が、
体からの”あなたらしくないわよ”という忠告だと考えたらどうだろう!
素敵な発見をした気分になってきたわ。

言えずにいること、
やめられないで我慢していること、
本当は望んでいないことを正しいからと理由でやり続けてきたこと、
頑張ること、
自分以外の誰かになろうとすること・・・

誰でも書き出せばどんどん出てくる心の膿。

私らしくない選択をしつづけて、当然うまくいっていないのに、納得もしていないのに、こんなものだと諦め半分でありながら、納得させる。
まったく私たちらしくない生き方への忠告。

冷静になることを「頭を冷やす」と言うけど、
偏頭痛の応急処置は頭を冷やすことなのだ。
無理をしたり、嫌がる自分を説き伏せたり、追い込んだりして、自分らしくないスパイラルに巻き込まれているなら、どうにかしなきゃいけないと焦って興奮状態になっているわけだから、
冷静になる処方箋として偏頭痛になるかも知れないな。
とんでもないストレス状態。
自分らしくないスパイラルをコントロールしようとして興奮状態になってしまうのかも知れない。
コントロールというか、自分を防衛しようとしてる。
防衛するということは・・・つまり、
敵がいると認知していることなので恐怖もうまれているはず。

偏頭痛がやってきたら、
少しの間、心安らかにしなさいという忠告だと思えばいい。

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