10月, つぶやく:髪さまの足元に置いていく

季節の移ろいに合わせて朝がどんどん遅くなっていく。
眼が覚めると5時半。

鏡に写る私の髪は伸び放題になっている。
寝起きの髪は水を得た魚のように自由気ままに跳ね上がっている。
面白くなってきたのでこのまま伸びるに任せてみよう。
髪留めを数本使って留めてみた。
私の細くて少ない髪は小さなピンで簡単に留められる。
留めたところには地肌が見えてしまうので、ケンは変だと言うし、私もそう思う。
そう思うけど、それを隠す必要がなくなってきた。

眉も、ある期間そのままにしておいたら面白かった。
長いこと見ていなかった本来の自分の眉に「はじめまして」と挨拶したくらい。
どれだけ自分でないものになろうとしていたのかと、
痛々しい努力を続けていたのか。
髪を染めないという選択には面白さはなかったけど、
白くなっていくたびに、
本来の自分でないものを髪さまの足元に置いていく感じがして軽くなった。
髪の量に反比例して重くて仕方なかったのだから

物を手放す時には、やっぱり捧げる場所が必要になるんじゃないかなと思う。
実物はゴミ袋に捨てたとしても。

断捨離がブームになった時に、
これまで大事にしていたものを、
ゴミ袋にぶち込む映像を見て違和感を感じた。
ものを大事に使う、粗末にしない、という道徳観というよりも、
過去に間違っていた自分がいたことにして、
それを証明して喜んでいるという違和感。
その時の自分を、今の自分がジャッジするような違和感。
それですべてがまっさらになり生まれ変わることができると信じる違和感。
物はあっても、なくても、
それに自分が振り回されているなら、
振り回されている自分に変わりはないから。

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