お元気ですか?

庭の木の葉がだんだんと黄色くなってきました。
風が吹くと水分の抜けた葉がこすれるカサカサっという音がして、天気の良い日でも雨が葉をたたくようにも聞こえます。
これが、センチメンタルな秋の音として聞こえるのでしょうか。
今朝、庭のあちらこちらに張られた蜘蛛の糸に、風に飛ばされた枯葉がひかかっているのを見ました。
丈夫な糸には肝心な獲物よりも、たくさんの枯葉が付いています。
巣があることを世界に知らせてしまう風になっていることが気の毒に思いました。
葉が散るほどに、いよいよ蜘蛛たちは隠れるところを失いそうです。

それにしても耳を澄ませていると、日常は音で溢れています。
前に停電した時の話をしましたね。
雷で停電した時、その静けさに驚くよりも電化製品がいかに音を出しているかに驚きます。
人は意識したものだけしか聞いていないし、意識したものだけしか見ていないので、こういったことには気づきにくいものなのですね。

蜘蛛の巣にひかかった枯葉のように、心にもたくさんの糸が張られているのではないかと思います。
あなたが私の教師になってから数ヶ月、毎日心の糸が揺れるのを感じます。
秋が近づいたことで体や心にゆとりが生まれると、一層心に貼られた糸にはいろんなものがひかかってきます。
秋という季節だけではなく、たとえば夕日を眺めた時のようにリラックスした心持ちの時にも心の糸を揺らすものに出くわします。
これまで何度も心の糸が揺れるような出来事が起きていたことに気づくのと同時に、こんな小さな振動に振り回されるのはゴメンだとばかりに、価値のないどうでもいいことだと決めつけて見過ごしていました。
心の深いところに見たくないものが隠されているかも知れないと感づいたのは、あなたが自我について教えてくれたことがきっかけです。
この小さな振動を自我はとても恐れていたに違いありません。

心の糸を揺らすものが何なのかと自分で考えても、私は自分の意識したものしか聞いておらず、見ておらず、学んでおらず、その中で選んだり決断したりしているものですから、とても狭い範囲での決断なのです。
どんなに考えてみたところで、選択の基準は小さな世界観で満足し生きてきた私の基準なのです。
その決断が作り出した世界は、希望どうり私の現実です。
そうであるならば満足して幸せでいいはずなのに、まだ戦いは続いています。
いったいいつまで戦い続けるのでしょう。

私が信じて慣れ親しんだ価値のあるものとは何だったのでしょうか。
それは本当に私が望んでいたものなのでしょうか。
あなたが見ている価値あるものは私とは全く違っており、真逆なのです。
この世界では価値あるとされているものが、
あなたには全く無価値なものなのです。

私は本当に何も知らないのだと、気付かされました。
でも、何も知らないという時の私はとても平安に包まれているのです。

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