9月, つぶやく:キレイだなぁ、最後の紫

壁をつたうカマキリにカメラを向けると、三角の顔をぐるっと回転させて威嚇ポーズです。
白い壁にあなたは目立ちすぎだわ。
うちの庭には虫も猫もいるから気をつけてくださいよ。

義父母が庭を管理していたとき、木々はもっと低木、絶えず草を刈ってこざっぱりとした風景だった。
ケンが管理するようになっても木が茂るのを深さんは看過できないようで、
お隣さんとの境近くにあるヤナギの枝などは伸びてくると気が気ではない様子。
庭の木々も花も終われば刈り取り土の状態を維持したい派。
ケンはというと、木々が森のように茂り、土はグランドカバーで覆われていて、
木々の間を風が通り抜けていく庭が好き。
雑草の猫じゃらしも、その場所が好きならどうぞって感じ。
グランドカバーや芝生やその他雑草と呼ばれる植物で庭の土を覆っているのは、下り坂になっている庭へ雨が降る度に土が流れるのを防ぐため。
夏、冷たい風が家に運ばれると、
「庭に茂っている木々のおかげで5度は違う」と言うのが口癖だ。
グリーンで覆われた庭に私もケンもとても癒されている。
毎朝、私たちが居間から眺めている庭の小道が自由な未来へ続いているように感じるから。
自由な開放感を感じられるから。
ケンが求めているものは正しさではなく、心の癒しだと思う。
正しく在りたいか、幸せで在りたいか・・・ですよ。
窮屈なのはもうたくさん・・・ということですよ。
正しさは決して幸せではない・・・ということですよ。

5月から6月中旬までの庭は自然に任せておくだけで調和が取れている。
そこを過ぎてくると、少しづつバランスが崩れてくるのだ。
そして、8月中旬頃になると、どんどんアンバランスになってくる。
ツユクサは横に広がり始め、猫じゃらしは背が高くなって、グランドカバーの所々は枯れはじめると、庭とは名ばかりの荒地だ。
それでも、ほっておいたところで夏の草花は枯れる。
朽ちてゆく植物をちゃんと見てあげる。
朽ちてゆくところを、見せてもらう。
ツユクサがいくつか紫の花をつけて、まだ咲けるつもりでいても、硬く変色した茎に水を蓄える柔軟性はなく、ひと夏の生を終えて土へと還る準備のはじまり。
でも最後まで咲いているツユクサに、この世界を去っていく恐怖はない。
美しいな、最後の紫。

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