8月, つぶやく:秋の訪れ予報

朝方に急に温度が下がるようになった。
眠るときには夏掛け布団で十分でも、朝方になるともう1枚欲しくなる。
足元にタオルケットを用意しておくようにしている。
それでも予報では昼間の気温が30度を超える日がまだ続く。
予報を数字だけで確認すると、
夏の始まりの猛暑に備えるような気分になるんだけど、
体感としては夏のソレとはちょっと違う。
こうして夏が去って行き、秋が訪れる。
数字で表せない秋の訪れ予報。
数字で表せないものはたくさんある。

何十回も季節の移り変わりを経験していながら、毎年ちょっとづつ違って感じるのは、私の変化なのか、季節の気まぐれなのか。
たぶん、どちらも。
秋から冬にかけて、ようやく自分の内面と向き合う季節になる。
世界の卑小なことなど見過ごして構わないと思える季節。
季節は心が先に訪れを予報する。
二十四節気は心に告げられる暦。

コロナウイルスの恐怖は、自分が個体で質量と物質と形だと思うと怖いけれど、スピリットだと思えば穏やかでいられた。
長梅雨と自粛生活は、いつもよりうんと早く秋が来てしまったようなもので、楽しく心の隅を突きまくった。
その癖が抜けなくて、一気に猛暑になったときにはエアコンで秋を演出した。
テレビでは世界中が恐怖に陥っていると言うのに、私のスピリットは穏やかだった。肉体が穏やかでいることに罪悪感を抱いていることにも気づいていた。
スピリットから見た個体の私はひどく弱々しく見えた。

今の状況って、個体かスピリットか、どちらを選びますか?と私たちは問われているような気がする。
誰にも選択の自由が与えられている。

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