8月, つぶやく:ある蜂の一生。

スズメバチがベランダに巣を作り始めた。
蜂が巣作りをするのを見るのは初めてなので、網戸越しに観察していた。
ここに巣を作られると困るなぁと思うけれど、
今のところ、巣はあずき粒くらいだ。
よく気をつけておいて、タイミングを見はからって巣を落とすか、無理なら殺虫剤を吹きかけるつもりでいた。
けれどお昼近くになるとスズメバチ蜂10匹以上が大きな羽音を立てて集まってきた。
さらに夕方には巣の形態を確認できるほどに出来上がったのを見て、タイミングとか言ってられない気がして早急に何とかしなければと焦り始めた。
夕方、仕事から帰ってきたケンと蜂が眠る夜まで待つこと、巣を落とすか、殺虫剤を吹きかけるか、その時に決めようという話になった。

ケンはできるなら巣を落とす方向でいきたいと考えていたようだったけれど、私はスズメバチは危険だから殺虫剤がいいと考えていた。
結局、夜になって巣には蜂が一匹。
たくさんを殺すよりも少ない方がいいと思って殺虫剤を吹きかけた。
しばらくは帰りバチがやってきたとしても、巣がないのだからいづれ去って行くだろうと。

私は間近でケンが殺虫剤を蜂の巣にかけるのを見ていた。

吹きかけてすぐに蜂は落ちるはずなのに、なぜか蜂は巣を守るようにして死んでしまった。
それを見て、ケンが殺虫剤を嫌うのがわかった。
「だから殺虫剤は嫌なんだよ」とケンの小さな声が聞こえた。

心が痛んだ。
痛すぎて見たくない光景だった。
今朝になって、巣をなくした数匹の帰り蜂がベランダを飛び回っている。
ベランダの天井には巣を守るような姿の一匹の蜂の死骸。

家を作り、子を育み、そして死んでいく。
それは私と何ひとつ変わらない生命の営み。
子を守るためなら勇気も逃げない強さも、同じ本能。
違いではなく、共通のものを見たとき、全てがひとつだと知るから痛いんだ。
共感するか、争うかを決めるのは、自分が何を見ているのかに他ならない。

あなたは何を目撃したいですか?
私は争いよりも全てがひとつだという真実を目撃したい。
両方が痛みを伴わない形で目撃したい。

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