7月, つぶやく:朝ヨガ その1

友だちが「朝ヨガ」を続けているというのを聞いて、自分にできるかどうか、続くかどうかは別として、1日の始まりにヨガってなんか素敵!というイメージだけでやってみることにした。

私、ヨガの意味もよくわかっていないけれど、
ヨガをやっている人たちが、自分が持って生まれた個性を美しく表現していることや、しなやかな体としなやかな心がリンクしているなと感じたことなど、ヨガには憧れがある。
以前に通ったヨガ教室での私のカラダはガチガチで美しさとは正反対。
そんな自分と向き合うのも嫌で、ヨガとは不恰好な自分そのものの表現なのだと結論づけてしまった過去がある。
誰がそんな自分を見たいと思うでしょうか。

私はかわいそうな私を労わるように、今のままで完全なのだと言い聞かせ、力づくで憧れを断ち、だから自分には無関係なのだと結論付けしておきたかった。

ある時、友だちが朝に自分のカラダと向き合っていることを知った。
「カラダがガチガチなのよ」と笑って話す友だちに過去の自分が癒されていくような気がして、私も自分のカラダと向き合ってみようと思った。
そしてよくよく考えてみたら完全な私が不恰好に見えたとするなら、それは私の見方が狂っているのではないかと感じ始めた。
ならば私の見方を変えて、受け入れることを軸にして、私のカラダを見てみたいと思った。

つづく。

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