11月, つぶやく, 留め帳:Return journey

脱穀が終わった。
その日の午後には藁を切り、田んぼに撒く。

無農薬、無化学肥料で栽培してきた米つくりは情報に忠実に、やってきたと思う。
ここ数年は作業の効率化を考えた米作りを実践、
負担を少なくして「続けて行くこと」を優先してきたことは間違いない。

今年は収穫も少なめだったけれど、
経験としては豊作の時よりも学ぶことが多かった。
それを失敗と呼ぶかもしれないけれど、
昨年の米が備蓄できている今年、不作の経験は学びになった。

このご時世、米だけに頼る必要は全くないのに、
農作物が収穫できた時の安堵と喜びはDNAに刻み込まれているらしく、
深いところから感謝が湧いてくる。

正しさや常識が自分の幸せに繋がらないことが段々とわかってきて、
農作物の収穫が幸せに直結するのかと、それもなんだかピンとこない。
この湧いてくる感謝の泉が絶えることなく湧き続けてられるような生き方ができないものなのかなと思う。
本当のところ、自分について知っていることはひとつもないのだよ。
この年齢になってそれは焦るわ。
なんだか、これまでと逆方向に歩き出してしまったような気分。
これまでの焦りや怒りや喜びまでもが茶番劇だったようで、
農作業の疲れと相まってボーゼン。
笑うしかないね👍

正しいことを求めるのをやめて、生まれて初めての還る旅。

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