9月, つぶやく, 留め帳:椿さんの社

椿大神社で滝の禊。
毎年1,2度、椿大神社の滝で禊をさせていただくようになってかれこれ9年になる。数日前の大雨で水量が多くなっていると、神職さんから聞いてビビるけど、ここからの心の動きを観察すると、本当に私という人はオモシロイ。
弱気になってみたり、
自信家になったり、
あらゆる哲学を持ってきてジタバタを繰り返す。

完全に思考に乗っ取られていなるぢゃないの。
うるさいマインドを静かにすることが先決なのは知っている。
わかっていても、意識的でなければ知らないも同然という体験。
次の体験は観察的に、意識的である状態にいつでも戻れる体験。

滝に入る直前の水の冷たさが、マインドからひき戻して連れて行く境地があることを知った。どこか遠くではなくて、自分に近いどこか。
知りたいと思うけれど、マインドには理解できないところのようで、
未だにどこだかわからない。
恐怖とも、自信とも、哲学のような硬いものではなくて、柔らかいリアリティの場所。
滝から出た後の、ほんの少しの隙間がその境地の余韻を残してはいるけれど、
今になって説明しようとすればするほどリアリティから離れてしまう。

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