9月, オトナの庭遊び, つぶやく, 留め帳:いつか必要な人が現れるまで

敷地のそこらじゅうに積まれた木の板は、義父が生前に大事にしてきたもの。
家の工場には木工に使う機械があるので、小屋や塀などの大きなものから、まな板などの木製品まで、
作れる環境があるからこそ大切な木の板だ。
でも多すぎる。義父が200歳まで生きたとしても消費できない。

数年前にケンとふたり「自分たちのフィールドを作ろう」と思い立って、私は「おとなの庭遊び」というブログを始めた。
春、手始めにケンは意気揚々と鳩小屋を壊し始めた。
手こずった解体作業も終わり、小屋の廃材は木の板と並んで山になった。
長梅雨と猛暑が続いても田んぼの草取り、畑の草取り、地域の川掃除に草刈りと、夏は草に追われる。当然、庭の計画は中断するしかない。
そんな状況をどこかで愚痴ったところ救世主現る。

この木の板を欲しいという若者が現れた!
そして本日、最後のひとつの山を残して持ち帰ってくれた。
来週には最後の山も薪ストーブ用として持ち帰ってくれるという。

話は変わって、
うちには数年前に、ピアニストの柴野さつきさんから頂いたピアノがある。
柴野さんが夏の間、家族と過ごした軽井沢の別荘のテーブルやソファなども一緒に頂いた。今も大切に使わせていただいている。
その時、うちは頂戴した側。
柴野さんは「使ってもらえるのなら嬉しい」と何度も言って下さった。
うちに設置したピアノの写真を送ったところ、ピアノが喜んでいるとまで言って下さった。

「物は使っていただけるところへ手渡す」のが自然なことで、”ピアノを譲り受けて木の板を手渡す”
という自然な循環が起きて驚いたし納得もした。
「勿体ないから捨てない」とは、
「いつかそれが必要な人が現れるまで」という期限付き。
忘れないでおこう。



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