8月, つぶやく, 留め帳:言葉は邪魔になる

ホームセンターの展示コーナーがエアコンから石油ファンヒーターに変わっていて驚いた。
今年に限って季節先取りということもないだろうから、例年通りでしょう。
夏が来て間もない気がするのは、梅雨が長引いたこともある。
立秋とともに、売り場の展示物が秋冬へと変わったのだね。
同じように、秋の暦で夏物バーゲンが始まって、
夏色お洋服には半額セールの札が着く。
露出の多い夏はアクセサリーもハジけたものが多いし、
ガラスに光を反射させてキラキラビーム物も多く並ぶ。

私はこの季節にお掃除雑貨の買い替えをするのでホームセンターに出かけた。
娘たちが遊びに来るのをいい機会として、水回り用品から一掃する。

友だちや、友だちみたいに接している夫や、子どもたちが興味を持っていること、つまり魂の発露となっている物事について、私はあまり興味がない。
クールに思われるかもしれないけれど、それは本当。
たとえ自分に近しい人たちが自分の価値観と全く違う選択をしていたとしても、そのことが相手を避ける理由にはならない。
生き生きとした目をして、人生を楽しむエネルギーに満ちていればそれぞれの価値観は度外視して喜びが私たちを繋ぐことになる。
そこに問題が発生するのは、コミュニケーションの方法。
それは相手を否定する言葉を使うこと。
愛の絶対性と普遍性からは言葉ほど不完全なものはないと、つくづく思う。
「そんなつもりで言ったのではない」と言うのを何度も聞いてきた。
つもりでないのなら、使った言葉が、単語を間違えたのだ。

もし私が否定されたら、
自分の中の思考の癖を発見したことに喜ぶようにしたいと思った。
「そんなつもりで言ったのではない」を「思考の癖を知らせた」に変換する。
ありがとうと言えるように。
人は感情の動物だから「ありがとう」はハードルが高いことだけど、
怒りの時間が長引かないように、「ありがとう」に気づくまでの時間が少しでも短くなるように。

自由と自由が混じり合ってマゼンダ色のオーラになるのを見たことがある。
逆に、悲しみ、不安、困難、苦しみでいる人から打ち明けられた時のくすんだ色には、まず共感する。自分のモノサシは役に立たない。問題解決は必要ない。
すべての人が自分の力で乗り越えられる力を持っているのを知っているので、
悲しみ色が取り巻いているのを見たら、家族ならば料理で癒す。
言葉は邪魔になる。

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