7月, つぶやく, 留め帳:禊ぎ その2

厳しさと優しさが二重らせんを抱いて降りてくる滝の中に入っていく。
冷たさと体の熱が相反しているハーモニーを聴いて、
これまであなたが流してきたものを想像する。
たくさんの人の悲しみや怒りや憎しみを、
同情ではなく、否定でもなく、犠牲でもなく、ただ流れに任せて乗せていく。

年に1度、滝に入るという非日常を繰り返して9年。
この日、日々のルーティンワークをぶった切る。
気分を変えるというような穏やかな方法ではなく、
滝に入るという荒々しい方法でそれをやる。
禊ぎをすることにストーリーを作らないようにしている。
何かをするとお金持ちになるとか、成功するとか、
そういうストーリーに振り回される人は滝にもストーリーを探す。
ネットで調べたり、体験談を読んだりして。
これは意味を持たせない非日常だから、
どうしても意味が欲しいなら「意味がない」でいい。
毎年海の日には滝に入ると決めている。
何か、宝物でも探すように滝に入るけれど、
実際は自分の中のどうでもいいようなガラクタ。
私はガラクタが自分のなかで最も大切な物だと思っている。

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