6月, つぶやく, 留め帳:ラフマニノフ交響曲第2番Op.27第3楽章

今朝はクラシックが合う気分。
この曲は本当に好き。
クラシックは主旋律が聴こえてくる時、
聞き手の都合で低音を聴きたい時もある。
一曲の中に飛び跳ねる音たちの躍動、まさに多様性の集まり。
悲しいメロディを奏でていながら、低音ではペロっと舌出してる女性を感じたり、もうこれは物語、妄想ミュージカル(笑)
庭にも同じような植物の音楽が流れているので、
私はほとんど飽きることがない。
どの土の上にも私が育てたいと種を蒔いたコントロールされた植物が主旋律となって、音符のように並んでいる。
その周りにはコントロールできなかった雑草たちが遠慮なく芽を出している。
土の中にも虫や菌類がたくさん生きていて、
遠慮なく自由に環境に合わせて歓喜の歌を歌っている。
それは目に見えるものだけでなくて、
数値にできない、波動と呼んでいいほどのミネラル分もある。

家族にも同じような音楽が流れていて、
ファミリードラマのような大ざっぱな喜怒哀楽よりも、
奥深い味わいがある。
ほんのすこしの波動と呼んでいいほどのアクとミネラル分がその奥深さ。
刷り込まれた幸せを基準にすると、
アクは苦いし、ミネラルは純粋さを遮る。

主旋律はものすごく容易に感覚に馴染むけれど、
実はそれを生かしているのはその他の旋律。

世界はうまくできている。

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