6月, HSPと偏頭痛, 留め帳:雨が降る前の積乱雲から頭痛は始まる(その2)のはずが長いお家事情に。

「やらなければならないこと」ってなんだ?
「やってしまいたいこと」って、本当に今日中にしなきゃいけないこと?
「待ってくれないこと」って、誰が、何が待ってくれないの?

「やらなければならないこと」は、私の場合はいつでも家事。
歌うことはチャレンジといった位置付けで、
創造的時間はいつも最優先。

自営の夫は自由に自分時間を生きてる人。
ただ食事の時間だけは一緒にと決めているので、朝昼晩の食卓はいつも一緒。
食事をしながら確認事項やそれぞれの今の状況を共有する。
仕事から帰った息子と夕食を一緒にするので、夕食は家族揃って明日の確認と、それぞれの今の状況を共有する。

私がやらなければならない(と思っていて譲れないこと)は家事。
夫と息子が仕事に集中できるように、暮らしの潤滑油となる家事だ。
掃除洗濯だけの話ではなく。
それには始まりも終わりもない。
潤滑油としてはエンパスやHSPのアンテナはとても役に立つ。
時々、しんどくなるけど、適度にオフって息抜きもしてる。
専業主婦は外国ではあまりないそうで、
日本でも専業主婦と働く主婦の主張合戦が昔あった、今もあるの?
もしかして私、自己価値観を上げるために「やらなければならないこと」を決めているのかと疑ったこともあったけれど、それはなかった。
価値観というわけのわからない妄想に振り回されてはいないのがせめてもの救い。
環境に合わせて生きることがいちばん楽チンな人生だと考えるようになってからは、やることがいっぱい詰まった環境をそのままにして、自分が描いたドラマに突き進むことはできなくなってしまった。

少しばかり広い敷地に長年にわたって先代がためてきた「モッタイナイ品々」があふれんばかりに積み上がっている。
「モッタイナイ品々」は年月とともに風化して、その量たるやハンパない。
時間的に、体力的にまだ余裕のあるときに片付けていかないと、
このまま次の世代にどうぞってわけにはいかない。

どうも、このあたりの完璧主義とまではいかない譲れない主義と、期待に応えようとするアホさと、知りたくもないのにわかってしまうアンテナが私自身の歪みになっているだと思う。

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