5月, つぶやく, 留め帳:今週は田植えの喜び。穀物第一主義は感謝から。

米を作り玄米を食べる。
マクロビオティックの一物全体食は食べる側の約束事だけど、米が収穫できるまでに人間ができることはほんの少し。
代掻きしたり、水の管理をしたり、雑草の世話も大変なことだけど、
一粒万倍のお米には大変さの何倍もの恵みが返ってくるのだから。
太陽の恵みと水の恵み、平等に引かれた水路の手入れは分かち合いの精神がなければ途絶えてしまっていただろう。
流れてくる山の水源には神社が祀られていて、人知を超えた神の領域がある。
「驕るなよ、貪るなよ、無限に生み出す地球の循環の豊かさに感謝せよ」という祖先のメッセージが聞こえてくる。

地球という星には無限に生み出すチカラがあるのに、
足らないと感じるのはどこかでストックしてる人がいるのも事実だけど、
本当は固執して目を奪われているから見えてないだけ。
それに・・・誰かのせいで自分が幸せでないと決めた方が都合がいいってこともあるでしょ。
お米=食べ物は間違いじゃないけど、食べ物はお金で買うことができれば好きなものでいいことになるし、今の時代はオーガニックにこだわるのも悪くはない。
私にとって穀物はイコール食べ物だけではないみたい。
玄米にできること。
玄米にできることはなんでもやってみたいと思っちゃうから。
生活に関わることを玄米を使って決して無駄にしない決意とともに探る。

マクロビオティックの玄米主義は感謝から始まるんだな。
5号食を2週間続けた時、心に発露する穏やかで柔らかい気持ちは感謝だった。
感謝が気持ちよりも行動になって現れてくる。
「いただきます」と手を合わせた時の手の温度の感じ方、少し骨ばってきた指関節の愛おしさも。
人はいつも何かが足らないと感じていて、
それが手に入ったら幸せになると勘違いしているけれど、
幸せは自分が決めていい。
病気でも幸せな人はいるし、健康でも不幸せの人もいる。
無限に生み出すチカラのある地球に生まれて、
幸せでないのは、自分が不幸せと決めているから。



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