10月, つぶやく, 留め帳:稲扱き終えて

今年は田んぼの草刈りが例年に比べて難なく済んだと夫から聞いていた。
有機肥料もやめてみた。
収穫量は減ってもいい。
田んぼがあるのだから頑張って少しでもたくさん収穫するという選択から、
田んぼがある→食べるだけ収穫できればいい→足りなければ空き地で雑穀という選択に。
激減というわけではないけれど、
稲刈りも、はざ掛けも労力は少なくて済み、稲扱きも半日で終わり。
ものは見方ひとつで世界は無限で自由だと思った。
はざかけ棒が置いてあるところでネズミの赤ちゃんを見つけたり、
赤とんぼや空を見上げたり、
迷子の犬を見かけなかったかと尋ねられたりと、
稲扱きの時間が見事な色彩で現れて消えてゆく。

昔々、歌っている時に感じていた新鮮な心の泉の在り処を今の生活の中で見つける。
この泉は、何をするかはほとんど関係なくて自由。
今この瞬間にやりたいことをやる、できる環境に身を置く。
心の泉が弧を描いて広がっていく様を安心して踊らせる。
環境に逆らって生きることをカッコイイと思っていた若い頃を思い出して美味しいお酒が飲めるのは、その経験が今の私には必要だったから。
あれから何十年、
音響家業を引退した夫も新鮮な心の泉の在り処を見つけたようで、
ならば私もと、今の環境に合わせて畑やキッチンで遊んでいただけで、
昔、歌っている時に感じた新鮮な感覚。
何をしてもいい自由が用意されているのだから、
何かひとつに執着するなんて勿体無い。
この感覚をいつでも感じていたい、永遠のシアワセ。

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