10月, オトナの庭遊び, 留め帳:嬉しい風景

春蒔いたハーブが今、畑に根付いているのが単純に嬉しい。
収穫もほとんどせず、ただ眺めることだけのハーブ畑。
蝶や虫も寄ってきて全てが調和しているのを目にするだけで心が平和。
畑の脇に小枝や枯れ草が無造作に積まれているけれど、それらもちゃんと調和した嬉しい風景のひとつ。
自分の意図に反するものもどんとこい。
コントロールされたものには全く興味が持てない時期は突然やってくる。
かわりに私のアンテナは土が気になって仕方ない。
あんなに嫌いだった土を、2018年は意識せずにはいられなかった。

変化するものを全て受け入れる、と決めた2018年。
起きていることは全て宇宙のオッケーで、要するに完璧だと。
悪態もついた2018、自由な2018年の総仕上げの時。

私の畑は誰かに評価されて価値を得るものではないし、
こうでなければならないと決められた基準があるわけでもない。
草だらけになった季節もあったし、
うまくできない作物も、諦めたものも、台風で飛ばされたものもあった。
少しばかり知識があったら、私のやりたい畑はストレスとなってしまうだろうけど、義母が有機野菜を作ってくれていたり、夫もマイ畑の研究をはじめたりしたので、安心して心置きなくやってみた。
夏の草で覆われた畑を義母や夫がどう見ていたか・・
わからないけど心はざわざわしていたと思う、びんびん感じたから(笑)
うちの家族はみんな優しいから好き、動けない私、動かない私も「変化するもの」の仲間に入れてくれてコントロールはしなかった。
秋晴れの気持ちのいい日に草刈りをして「嬉しい風景」に出会った。
期待していた自分を裏切って、想像以上に調和したハーブたちが結果として生き生きと平和的に育っているから。
これは歌で経験したくてできなかったこと。

私はずっと、何十年もの間、この経験をしたかった。
歌で経験するのが怖かった私に、宇宙が与えてくれたのは小さな種。
評価されなければ意味をなさないところで歌ってきて無理をした。
当然、癒しが必要だった。
社会の仕組みという小さな枠の中で単一的な夢を見ていると才能は埋もれてしまうよ。
この社会をうまく泳ぐ手法は、今の社会を作った方法で、すでに古いから新しい時代には役に立たないものばかり。
信じることは、ただ全ては変化するということ。
変化を受け入れること、コントロールしないこと。
勇気は必要かもしれないが、
一時的に心が弱っている人に「弱気はいけない!」というようなスパルタは宇宙にはないので、私の場合のように、小さな種がやってくることもある。宇宙は創造の果て。すべての元。
だからいつも安心していい。

 

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