10月, つぶやく, 留め帳:孤高のアーティスト

おそうじの会で出会った彼女は、病を抱えていて絶えず痛みに耐えていた。
不思議な雰囲気は人生を通していつも真理を探究していたから。
それでいて触れるとトゲに刺されそうな、近寄り難さもあった。
打ち解けて冗談交じりの会話をしている途中でも、
ギクリとするキツイ言葉がとびでることもあった。
病状が最悪だと思われるときでも、
体調が整えばお寺の掃除をして、座禅をして玄米を食べて帰る。
その彼女がいつからか優しい顔つきで、人の話を聞くようになった。
彼女を知る多くの人が一ヶ月の検査入院と聞いていたけれど、
実はそうではなかったのかもしれない。
数日前に個室へと移った彼女は旅立ちの時を迎えようとしていた。

彼女と親しい友人からメールが届いて、出先から夜の病棟に行った。
最後のお別れになるだろうと覚悟して。
苦しそうな息をしている彼女の耳元で「ユッコです」と話すと、わかった様子であぁという短い言葉と笑顔にならない笑顔で答える。
私たちの前に見舞いに来ていた女性たちから、付き添いの娘さんが家に戻っていること、自分たちも娘さんを待たずに帰ろうと思っていることなどを聞く。
一人暮らしの彼女には遠くに暮らす娘さんがひとりいて、旅立ちが近いと聞いて長野に来ている。他に家族と言える親族は多くはいない。

彼女を支えてきた、彼女のまわりの友人知人がどんなにたくさんいたのか、
彼女がどんなにたくさんの人たちに愛された人なのか、
彼女が描くことを応援していた人たちもたくさんいた。
社会に対して、人のエゴに対していつもトゲトゲしていたのは、
彼女がこの世界の歪みを強烈に感じていたから。
けれど、私は彼女から自分の生きている環境を嘆く言葉を一度も聞いたことがない。

彼女のコラージュは、薬の入っていた袋やプラ容器などが使われていて、広告などもちぎって作品になっていた。
不自由な手で作られた作品はどれも様々なエネルギーに満ちていて、
どれも媚びたところは全くない。
いい人になる必要などないことを、彼女は知っている。
アーティストとしても生き抜いた。
ひとりでいること、体が思うようにならないこと、痛みがあること、そのどれもがアーティストとしての彼女の才能に結びついていたのだと思う。
幸せになりすぎた私はあろうことか、そんな彼女をうらやましいとさえ思うことがある。

葬儀に集まった人たちは友人知人を通じてお別れに集まった人たちばかりで、義理で来る人はひとりもいない。
本当にいい葬儀だった。
誰もが心に持っているこの世界の矛盾は、口にすれば孤立することをわかっていて口にしない。
彼女には守るものは何もなかった。
孤独さえも、彼女は固執していなかった。
まわりの誰もが「させてもらっている」という気持ちなのは、彼女は生まれた時からすでに愛されるべき存在だったからだ。
頑固でトゲトゲしい彼女の感覚がいつの間にか不快に思えなくなってくる。
矛盾した世界で誰もがいい人でいることが得だと思って生きているのに、
少なくともいい人ではない彼女の立ち位置は純粋だからだ。

この世界は矛盾でできている、矛盾だらけだ。
そのことに気付いたのはいつなのだろう。
彼女は自分の置かれた環境の中で作品を作り、時に人に甘えて、生を全うした。

言葉がストレート過ぎて、彼女との関係を絶った人もいたと聞いた。
たぶん、彼女はその人が大好きだったのだと思う。
その分、相手との何気ないやりとりの中の些細なことで寂しさを感じる。
寂しさが強烈な怒りになったのではないかなと思う。
今更だけど、言葉に敏感なアーティストだったのだ。

笑顔をあまり見たことがないのだけれど、
思い出すと笑顔しか浮かばない。
となりには彼女より先に旅立った犬がいる。

もう痛くないね、
もう自由に好きなところへ行けるね、
ありがとう、ちかちゃん。

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