7月, オトナの庭遊び, マクロビオティック:完璧な宇宙で真実を。

やりっぱなしになっている鳩小屋解体、このところの涼しさで一気に片付くかと思われたんだが、田んぼの草取りが優先に。
そのままになった鳩小屋の傍に紫陽花が咲いた。
誰にも見てもらえなかった紫陽花の水色が陽を浴びて笑顔。

なんて気持ちいいんだろ。。
毎朝畑に出る。
草に声をかける。
草にお願いされたことをやる。
「おひさまが当たらない」「水が欲しい、水は十分」「そろそろ食べどきです、もう少し待って」「見て見て」
ひとりの畑作業は孤独に見えるんだが、畑はうるさいです。
これまでたくさんのお百姓さんが聞いたであろう声は気のせいなんかじゃなくて植物との対話だっただんだと知った。元気になるはずだわ。
10年以上前に自然農を学ぶ仲間に入れてもらった時、哲学的な側面ではなく栽培についてのノウハウが情報交換の中で培われているのを見た。
そのどれもが根底には自然の哲学が根付いていてはじめて実践できることだったので、私には理解できないことばかりだった。
私の理解の度合いは低く続けることができなかった。
ところが、マクロビオティックで自然農がぐーんと近くなった。
先生が「いつか自分で作物を作りたくなる」と言ったのは本当だった。

美しさの概念もガラリと変わった。
グレイヘアの美しさ、白い花が色褪せても香り続ける愛も、すべてが完璧な世界で勝手に意味をつけては勝手に苦しんでいる。
作為的に誰かが勝手に意味を植え付けて苦しめていることも多い。
マインドコントロールというやつ。
マスターたちが様々な言葉で語ったことは、地球上の様々な言葉に翻訳されているけれど、大金をつぎ込んで遠くへ出かけ学ばなければ理解できることではないと思っている人が多い。それもこれも全ては「私は知らない」と思い込んでいただけで、「知っている」から始まる人生の旅の途上に立てば完璧な世界は自分に起きる出来事を通して教えてくれる、完璧な宇宙で真実を。

植物や石に意識があることがわかってくると、高次の意識にフォーカスできる人がいても別段特別なことには思えない。
となると、霊の存在も特別なことには思えない。
・・・夏、お盆近し。

(ーー;)

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