つぶやく, 留め帳:ありがとう変換装置

寝る前に、今日1日の「ありがとう」を片っ端から書いていく。
とるにたりないことでも「ありがとう」と書いていく。
そのうち書ききれなくなってくる。
たぶん、ありがとう変換シナプスが強化されてくるのだと思う。
昨日はノート2ページ分のありがとうが書けた。
ってか、書ききれないと思う。
だってこの世界はありがとうでないことを見つけることのほうがむつかしい。
どんなネガテイブな要素の中にも、数パーセントのありがとうは含まれているでしょ。善と偽善みたいなもので、善の中の偽善の割合、偽善の中の善の割合。
何かを成し遂げたことや、普段のありがとうの使用例に準ずるものとか、成功体験とは質の違う喜びは見えないものの質を変えてしまっているからかも。
持続するしあわせ。

そのうち、これまで苦手だったことに出くわしても、寝る前のノートにありがとうをたくさん書きたいがために、感情は重要でなくなってしまうかも。
そしたら、ありがとう変換装置が完成ということかも。
今にくつろぎ、どんなに最悪な中にあっても環境とともに過ごすことになるかも。これは幸せなことなのかも。

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