留め帳:欠ける月とうさと服

今月18日、ドローイングの宮森敬子さんのopening partyでムビラ。
軽井沢のギャラリーbe here nowにて。
と、言っても私はアフリカの音楽を奏でるのではなくて、
シンガーソングライターの最も得意とするところ、自分で好きにムビラ(笑)
と思っていたら、
月が欠けてきて、「こんなでいいの?」という問いがふつふつ、悶々。
田んぼで脱穀しながらふつふつと、
土鍋で大根炊きながらふつふつと、
be here nowという2017年の私の心のど真ん中どんぴしゃなギャラリーでありながら、今ここにいない自分はどうなのよ・・で、無事着地。
めでたし、めでたし。
強固な頭のシナプスにヤラレタな、自分。

昨日は佐久なんだ館でうさと展。
数年前に買ったうさと服がそろそろヨレっとしてきた。
その風合いも計算済みのうさと服。

初めてうさと展に行った時、見かけた女性がヨレッとしたパンツを履いていてすごく素敵だった。素材は少し毛羽立っていて、その人がお気に入りなのがよくわかって、どうしてお気に入りなのかもわかってしまった。
だって私もソレ欲しいですから(笑)
世界に一着だけのうさと服だから、同じものはないの。
私のうさと服もそろそろ彼女と同じ風合いになってきた。
うさと服は決して痩せてみえるわけでないし、
それどころか広がった服を重ねたりして遊ぶ。
そう、うさと服は遊ぶの。
コンプレックス商法がダイキライな私が選ぶイチオシ。
私たちの存在が光だとして、きらきらと輝く体に何種類もの植物のエッセンスを纏い、紐がゆらゆら、裾のカットがふわふわしてたら、わたし天使かと。
いや、それはないない。

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