, 留め帳:アツササムサモヒガンマデ

「暑さ寒さも彼岸まで」日本の慣用句

春の彼岸を「春彼岸」、秋の彼岸を「のちの彼岸」または「秋彼岸」といい、どちらもお墓まいりの習わしがある。
どちらも太陽は真東から昇って、真西に沈む。
中日と呼ばれる秋分の日から、日は短くなり秋の気配が色濃くなる。
春分の日はまた、その日を境に春の気配が色濃くなっていく。

昼と夜の長さがほぼ同じになる日、あの世とこの世が最も近くなる日としてご先祖様を偲びお墓まいりをする。

マクロビオティックを始めて、様々な人生の不思議さを感じているけれども、今年は「私とは何か」というようなことをずっと考えてきた。
ロボット工学博士が解く脳の仕組みにまでアンテナを張り巡らし、ぐるっと一周してもどってきたところはいまここ。
笑っちゃうくらいちかいところ。
どういうわけか神社、お寺さんにご縁をいただいたことで、
宇宙的宗教観というものに触れることができたのは大きなギフト。
「私とは何か」という出発点が違えば現れる世界、リアリティは違ったものになるのだから、マクロビオティックの「私は食べたもので出来ている」という出発点はモノの世界から無の世界への始まりとしてはナイスチョイス。
いきなり「私はいない」から始まると、自分に起きること、それによって感じている自分もいないということにしてしまう。
すべてから目を閉ざし、自分を閉ざし、穴蔵で修行みたいな。
それは勘弁。
それはスピリチュアルという逃げ道を作ってしまうだけで、人生とは言えず。
結局のところ、人生はコントロールできない。
脳はコントロールしていると思いたいみたいだけど、できないんだよ。

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